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『天国の事情』
ファイル3・親子の事情     2>>

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 今日も、いつも通りの午後。
 エアコンがきいてて快適な霊界図書館。
 人影はなし。
 受付カウンターで倶生(くしょ)ちゃんズが忙しそうにパソコンを打つ音だけが響いてる。
 オレは、いつものごとく昼寝をしていた。

 しかし―――だ。

 ―――ん!

 ピクンッ。

 バサッ!

 オレは何者かの殺気を感じて、手元にあったジャケットを投げつける。
 そして。

「何者だッ!?」

 オレはすばやく後ろに回り、
 グイッ。
 ジャケットの上から首に腕を回して力をこめた。

「真希さんッ!?」
「真希!?」

 倶生ちゃんズと。
 たまたま本をかかえてやってきた海(かい)が驚いた顔でオレを見る。

「オレを襲うとは、いい度胸じゃねぇか。顔を見させてもらおうか」
「………ッ!!」

 バッ!
 オレは腕に力を入れたままジャケットをひっぺがした。
 すると。
 17、8歳の男の顔が現れた。

「―――」

 ゾク……ッとするような、殺気立った瞳。
 ―――しかし。
 突然、スッと目の色が変わって。
 きょとん、とした顔になった。
 そして、一言。

「……どうなってんだ、これ……」

「はぁ!?」
 オレと海、そして倶生ちゃんズは、思わず男の顔を見つめた。


「何ィッ!?名前以外、何も覚えてないだと!?」

 とりあえずオレ達は男をソファに座らせて、話を聞いてみると。
 男は、自分の名前―――中村廉(れん)と名乗ったきり、考え込んでしまったのであった。

「どうしておれ、ここにいるんだろう……?」
 困惑顔でいう廉。
「ったく。こっちが聞きたいよ」
 ふゥ。
 オレはため息をついた。
「本当に何も覚えていないのか?もしかして、真希を襲ったことも?」
「ああ……」
「どうするよ?」
 海がオレにたずねた。
「見たところ、人間の霊体みたいだし、大方、霊界裁判所抜け出しちまったんだろう。倶生ちゃん兄、コイツの所属法廷(コート)、調べてくれ」
「わかりました」
 倶生ちゃん兄はうなずいた。
 ―――が。
「どうでもいいですけど、真希さん。私は、"妹"ですからね」
 倶生ちゃん妹はそういって、受付カウンターへと向かった。
「あはっ、あは、ははは……」
 オレは苦笑いを浮かべる。
 またやっちまったようだ。
「本当にいつになったら区別できるんでしょうねぇ、真希さんは」
 倶生ちゃん兄はあきれ顔でいった。

「……あれ?」

 カウンターでパソコンの端末をいじっていた倶生ちゃん妹が、不思議そうな声を上げる。
「どうした?」
 オレと海は、倶生ちゃん妹のほうへ行った。
「廉さん……亡くなってませんよ」
「はぁ!?」
「何ィッ!?」
 オレと海はパソコンの画面をのぞきこむ。
「ホラ」
「うっそ……」
 確かにどこにも"死亡"と書かれていない。
 ここは、霊界。
 生きている人間は、自力では来れるハズもないところだ。
 これは一体どういうことだ……?
 オレと海、倶生ちゃんズは思わず廉を見つめた。
「え……?」
 きょとんとした顔の廉。
 ノン気なもんだ。
「真希ィ、どうすんだよ」
「……地上に還すっきゃねぇだろ。じゃないと、本当に死んじまう」
 そうなのだ。
 たとえ肉体が生きていても、一週間以上魂が離れてしまうと、その人は本当に死んでしまうのである。
「でも、ちょっと待ってください」
 パソコンの画面を見ていた倶生ちゃん妹がいった。
「廉さん、地上での現在住所はおろか、戸籍すらないです」
「なぁにィ!?」
 オレ達は、倶生ちゃん妹を振り返った。
「ですから、現在廉さんの肉体がどこにあるか、見当をつけるのは、ちょっと……」
 倶生ちゃん妹は困った顔をした。
「おい、真希ィ」
 海が困った顔でオレを見た。
「………」

 生きてんのに霊界に来ちまうわ、記憶喪失だわ、戸籍はないわ……。
 それに―――
 なぜオレを襲った?
 ものすごい殺気。
 一瞬見せた、ゾクッとするようなあの瞳。
 コイツ……一体何者だ―――?

「本当に何も覚えてないんですか?」
 廉の隣にいる倶生ちゃん兄がたずねる。
「ああ……」
 廉はゆっくりとうなずいた。
「倶生ちゃん妹、廉の詳しいデータなんてのもないワケ?」
 オレは倶生ちゃん妹にたずねる。
「ええ。ページもこれ1ページだけみたいですし……しかも、ほとんど不明です」
「まいったな、こりゃ」
 オレは腕を組んだ。
「……あっ、でも」
 倶生ちゃん妹が何かに気づいたような声をあげた。
「どうした?」
 海が倶生ちゃん妹にたずねる。
「廉さんの母親の名前は出てますよ」
「本当か!?」

「―――!!」

 ピクンッ。
 一瞬、廉の表情が硬くなったのを、オレは見逃さなかった。

「―――」
 オレは廉の横顔を見つめる。
 廉は下を見つめたまま、胸のあたりをギュッとつかんでいた。
 ふーん……。
「真希?どうした?」
 海がけげんそうな顔をする。
「……いや、なんでもない」
 オレは海にそう答えて再びパソコンの画面に目を戻した。
「それはそうと、倶生神(くしょうじん)妹。その女(ひと)は誰だ?」
 海が倶生ちゃん妹にたずねる。
「えっと、名前は中村佑子。都内在住のようですよ」
 カチッ、カチッ。
 倶生ちゃん妹はマウスをクリックしていった。
「へー」
 海はパソコンの画面を見つめてうなずく。
 そして、カウンターの上にあった紙とペンで住所をメモった。
「それじゃ、行くぞ。真希」
「へっ?」
 海はそういうと、スタスタ歩き出した。
「おいっ、待てよッ。オレらの仕事じゃねーだろっ!」
 オレは海にそういうが、海はムシして。
「あっ、そうそう。地天庁に廉の保護要請しといてくれ。それと、親父にも話しといて」
「わかりました」
 倶生ちゃん兄はうなずく。
 海はそれを聞くと。
 がしっ。
 オレの腕をつかんだ。
「ちょっと、ちょっと〜〜〜」
「それじゃ、行ってくる」
 海はオレを引きずって、霊界図書館を後にした。


「あーあ。こんっなに暑いってのに、やっかいなことに巻き込みやがって……」
 オレはうだるような暑さの中、空を見上げてぼやく。
「ごちゃごちゃいうなよ。仕方ないだろうが」
 海がオレを振り返っていった。
「それより、住所は確かこの辺だよな……」
 海はメモを見ながらつぶやく。
「おっ、あった。ここだ」
 そういって海は、とあるアパートの前で立ち止まった。
 よくありがちな古い2階建てのアパートである。
「ここの102号室か。……真希、行くぞ」
「あー」
 オレ達はアパートの中へと入っていった。


 ピンポーンッ。

 102号室前。
 表札には、『中村』と書かれている。
 海がインターホンを押すと。
 まもなく中からバタバタ音がして。
 ガチャッ。
 ドアが開いた。
 出てきたのは、30代後半くらいの、結構きれいな女性であった。

「はい。あの、どちらさまですか?」
 その人がオレ達の顔を見てたずねる。
「俺達は、あなたの息子さんの知人の者ですが」
 海がそう答えると。
「えっ―――……」
 彼女は驚いて目を見開いた。
 しかし、彼女はすぐにオレ達から目をそらした。
「……わたしには、息子はいません」
「えっ、ちょっ、ちょっと待ってくださいよッ」
 海が驚いて口を開く。
「"中村廉"って、あなたの息子さんですよね!?」
「……いいえ……いいえ……っ」
 ギュッと唇をかんで首を振る。
 ふーん……ワケあり、か。
「中村さん……ッ」
「まぁ、待てや、海」
 オレは海を制した。
「真希?」
「どんな事情があるかは知らないけど、これだけはいっときます。……このままでは、廉がたいへんなことになる」
「え―――……!?」
 彼女は驚いた表情で顔をあげた。
「……まっ、あなたの息子じゃないっていうなら、カンケーないことですよね。それじゃ」
 オレはそういうと、スタスタと歩き出した。
「あっ、おいッ。ちょっと真希!」
 海があわててオレを引き留めようと追いかけようとした、その時だった。

「待ってくださいッ」

 彼女が必死の形相でオレを呼び止めて叫んだ。

「廉に……廉に何があったんです!?」
「そうこなくっちゃあ」
 にっ。
 オレは振り返って笑みを浮かべた。


「実は今、廉は記憶喪失で、俺達のところで保護されています」

 1DKのアパート。
 オレ達は中村佑子と向かい合って座ると、話をはじめた。

「それじゃ……廉はあなた達のところに!?」
 佑子さんは驚いた顔をした。
「うーん、そうといえば、そうなるの、かな……?」
 海は少し戸惑いながら答えた。
「そうですか……」
 佑子さんは少しホッとしたような顔をした。
「……一体、廉との間に何があったんです?どうして『廉は息子じゃない』とウソをついたんですか?」
「それは……」
 海の言葉に佑子さんはうつむいて黙ってしまった。
「廉には戸籍がない。―――それと関係アリ、か?」
「―――!」
 ビクッ。
 オレの言葉に佑子さんは反応を示した。
「………」
 佑子さんはしばらくうつむいたが、決心したように顔をあげると、顔をあげると、口を開いた。

「―――わたしと、廉の間には血のつながりはないんです」

「えッ!?」
 オレと海は驚いて佑子さんの顔を見る。
「どっ、どういうことですか!?」
 海が佑子さんにたずねた。
「わたしは……代理母、だったんです」
「代理母……?」
「はい……代理母として子供を生み、3歳まで育てる……その間の生活は保証されているし、何より報酬は高額で……18年前、お金に困っていたわたしは、それを引き受けました……だけど……」
 佑子さんはうつむいた。
「だけど?」
「4年間の月日の中で、廉に対する愛情が生まれて……手放したくなかった。でも、当然のことながら、それは無理な話で……。必死にあの子を忘れようとしました。だけど、結局は……」
「………」
 廉の硬くなった表情が脳裏をよぎる。
 ―――なるほどね。
 これが原因らしいな。
「それで、あなたに代理母を依頼したのは、誰です?」
 オレがそうたずねると。
 佑子さんはうつむいたまま。
「……稲田総合産業です」
「何ィ?」
 オレは思わず聞き返した。
「真希?」
 海がけげんそうなカオをする。
「稲田総合産業っていや、ここ十数年で急成長した企業じゃないか。そんなところがどうして?」
「稲田総合産業には、超能力(ESP)研究所があるそうで。廉はそこで人工受精によって作り出された、ESP因子を持った子供だったんです」
「え……」
「―――」
 ESP研究所―――か。
 ウワサで聞いたことがあるな。
 稲田総合産業には裏部門がある、と。
 つまり、廉の幽体離脱はESPだったワケだ。
「その研究所、どこにあるかわかりますか?」
 オレは佑子さんにたずねる。
「いえ……そこまでは……」
 佑子さんは首を振った。
「そうですか」
 さすがにそこまでは教えるワケもない、か。
「……あの……」
 佑子さんがためらいがちに口を開いた。
「何ですか?」
「廉に……会わせていただけませんか?」
 すがるような瞳の佑子さん。
「―――悪いけど、今はできない」
「そう……ですか……」
 佑子さんは落胆の色を浮かべた。
「でも……そうですね」
 オレは佑子さんを見つめた。
「今でも廉のこと、愛してますか?」
「それはもちろん……!」
 佑子さんは勢いよくいった。
「いずれ会わせてあげますよ。必ずね」
 にっ。
 オレは笑みを浮かべた。
「………!」

 この時。
 佑子さんの顔がうれしそうに輝いたのは、いうまでもない。


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