天国の事情-ファイル3-2

『天国の事情』
ファイル３・親子の事情 　　　＜＜１　　　　３＞＞

　２

「どこ行く気だよ」
「まぁ、いーから、いーから」

　―――ここは、新宿。
　オレは佑子さんの家を出て、その足でここに向かった。
　もちろん海も一緒である。

「……ったく。何度見ても、センスのねぇ名前」

　オレは、一件の骨董品屋の前で足を止めた。
　いかにもアヤシイ雰囲気の店。
　しかも、ここは歌舞伎町を一歩奥に入ったところにあるせいか、妙に静かに感じて、さらにブキミであった。

「『かみがたや』……？」
　海が看板を読む。
　看板には、
　『上方屋』
　と書かれていた。
「うんにゃ。これで『じょうほうや』と読む」
「ふーん……？」
　海はうなずいた。
「まっ、とにかく入るべ」

　ガラガラガラッ！
　オレは思いっきりガラスの引き戸を開けた。

「おやっさーん、いるー？」

　オレはガラクタでごちゃごちゃした店内を奥へと進んでゆく。
　海もオレに続いた。

「そんなデカイ声出さんでも聞こえるよ」

　ヒョイッ。
　店の奥から60すぎのおじいさんが顔を出した。
　頭なんかもう、真っ白である。

「やあ、おやっさん」
　オレは軽く右手を上げた。
「真希。何しに来たんだ？」
　おやっさんがオレにたずねる。
「もーっ、ヤボなんだからぁ。オレがここに来る理由なんて、１つっきゃないでしょ？」
　オレはそういって、おやっさんがいる畳の上に腰かけた。
「まぁ、それもそうか」
　ニヤッ。
　おやっさんは笑った。
「真希、この人は？」
　海がオレにたずねる。
「ああ、この人は、ここ『上方屋』の御主人で……―――ッ！」

　ピクンッ。
　オレはおしりにミョーな感触がして、一瞬体を硬直させた。
　そしてすばやく、
　ギュイッ。
　その主をつねりあげる。

「い……ッ、痛い、痛いッ!!」
「ぬわーにやってんだよっ、おやっさん！」
　キッ。
　オレはおやっさんをにらんだ。
「あっ、いっ、いやぁ、ちょっとした茶目っ気だよっ。はははっ」
　おやっさんは赤くなった右手をさすりながら、苦笑いを浮かべた。
「ったくよぉ」
　ふぅ。
　オレは、ため息をついた。
「け……結局なんなんだ……このヒト……」
　海がア然としながらたずねる。
「御覧のとーりのスケベじじいさ」
「はっ、はぁ……」
「なははははっ」
　おやっさんは苦笑した。
「……でも、ま、こう見えてもおやっさん、裏じゃかなり耳のいい情報屋だからな」
「えッ!?」
　海が驚いておやっさんを見る。
「ホッホッホッ」
　おやっさんはピースした。
「それはともかく、おやっさん。稲田総合産業のＥＳＰ研究所って知ってる？」
　オレは真面目な顔でおやっさんにたずねた。
「稲田総合産業のＥＳＰ研究所ねぇ……いいウワサは聞かないなぁ」
　おやっさんは腕を組んだ。
「というと？」
「ここ10何年で稲田総合産業が急成長したのは、裏部門である、そのＥＳＰ研究所のおかげなのさ。……どうも、ＥＳＰ・人間兵器なるものを作ってるらしくてね」
「何ィ!?」
　オレと海は驚いておやっさんの顔を見た。
「なんでも、ＥＳＰ因子を持った子供を見つけてきて極秘に金で買ったり、どこからかさらってきたり、はたまた人工受精で作り出したりして、薬によってそのＥＳＰ能力を無理矢理最大限に引き伸ばし、兵士としての能力も身につけさせて、どこぞの軍隊に高額で売ったり、貸し出したりしてるそうだ」
「………」
　オレ達は言葉を失った。
　なんてことを……。
　そういえば、廉が襲ってきたあの時。
　直前までアイツ、殺気を消してた。
　それにあの殺気立った瞳。
　それは、こういうことだったのか……。
「しかも、その子供達、薬づけなもんだから、からだがボロボロになるらしくてね。そうなるとお払い箱で、処分(ころ)されちまうそうだ」
「な―――……ッ」
　オレは、いいようのない怒りがこみあげてきて。
　ギュッ。
　拳を強く握りしめた。
「……それで、そのＥＳＰ研究所、どこにあるんだ……？」
　オレはおやっさんにたずねる。
「ちょっと待ってな」
　おやっさんはそういうと、奥へと引っ込んだ。
　そして、しばらくすると、手にメモを持って戻ってきた。
「ほら、これだよ」
「サンキュ」
　オレはおやっさんからメモを受け取ると、ジャケットの内ポケットにしまった。
　そして。
「ほい、情報料」
　オレは五千円札を一枚、おやっさんに渡した。
「まいど」
　おやっさんはそれを受け取る。
「そんじゃ、海。行くか」
「あっ、ああ」
　オレは立ち上がった。
「……真希。今回の相手は、お前さんでもちょっとばかりたいへんだよ」
　おやっさんが心配そうにオレを見る。
「なーに。どうにかなるさ」
　にっ。
　オレは笑みを浮かべた。
「……そうだな」
　おやっさんはそういうと。
　なでっ。
　突然、オレのしりをさわった。
「～～～おやっさん……」
「はははっ」

　バキッ。

　オレがおやっさんを殴ったのは、いうまでもない。

　―――オレ達は『上方屋(じょうほうや)』を後にすると。
　とりあえず地天庁に戻ることにした。
　課長に一応今までの報告をするためである。

「おかえり、お２人さん」

　地上治安課に行くと、課長がオレ達を待っていた。
　しかし、そこには廉の姿はなかった。

「事情はだいたい倶生神(くしょうじん)から聞いた。えらいことに巻き込まれたな」
「まぁね」
　フウ。
　海はため息をついた。
「それより、課長。廉は？」
　オレは課長にたずねる。
「霊界図書館に倶生神兄妹と一緒にいるよ」
「そーですか」
　オレはそういうと、スタスタとドアのほうへと歩き出した。
「あっ、おい、ちょっと待て！どこ行く気だ!?」
　海がオレにあわてていう。
「昼寝しに」
　オレはさらりと答えた。
「何いってんだよっ。報告が先だろ!?それに昼寝っていったって、もう４時過ぎてるじゃねーかッ」
「まぁ、いーじゃん。後はまかせた」
　オレはそういうと。
　ふわぁ。
　大あくびをして、ドアを開けた。
「おいッ、こら、真希……！」
「じゃあねー」
　バタンッ。
　オレは地上治安課を後にした。

「よォ、廉。元気してたぁ？」

　ポンッ。
　オレは霊界図書館に廉の姿を見つけて、軽く肩を叩いた。

「あっ、真希さん」
　廉は読んでいた本から目を離して、オレを見た。
「真希さん、お帰りなさい」
「お帰りなさい」
　倶生(くしょ)ちゃんズもオレに気づいて声をかけてきた。
「どうでしたか？何かわかりました？」
「まぁ、いろいろと、ね」
　オレは倶生ちゃんズに答えた。
「それよか、廉。ちょっといいか？」
「あっ、ああ」
　オレは、廉を外へと連れ出した。

「おー、今日もいい天気だなぁ……もっとも、霊界にゃ、雨は降らんケド」

　オレは空に向かって、思いっきり伸びをする。
　ここは、霊界図書館の裏庭。
　ランチタイムには、結構人がいたりするが、さすがにこの時間だと、オレ達以外、誰もいなかった。

「一体なんでおれをここに……？」
　廉がけげんそうな顔でオレにたずねた。
「いやね、お前に報告しようと思って……オフクロさんのコト」
「………」
　廉は何もいわずに遠くを見つめた。
「あっれぇ？気になんないのォ？お前の記憶の手がかりなのに」
　ひょいっ。
　オレは廉の顔をのぞきこんだ。
「そっ、そりゃ気になるよっ」
　廉はそういいながらも、オレから顔をそむける。
「ふーん……」
　オレは廉の顔を見ながらうなずいた。
「なっ、なんだよっ。そのイミあり気な『ふーん』はっ」
　明らかに動揺を見せながらいう廉。
　オレはそんな廉にため息一つ。
　そして。

「本当はお前、記憶戻ってるだろ？」

「な……ッ!!」
　廉が驚いたカオでオレを見る。
　ニヤッ。
　オレは笑みを浮かべた。
「その様子からすると、図星だな？」
「ちっ、ちがうよッ。いやだなぁ、何いってんだよ、真希さんは……」
　そういいながらも、オレから目をそらす廉。
　横顔には、動揺の色が見えた。
「かくすなって。オレ、見ちゃったんだから。倶生ちゃん妹がお前のオフクロさんのこと口にした時、お前の表情が硬くなったの」
「―――っ」
「なんでウソついたんだ？記憶喪失だって」
「………」
　廉は何もいわずに遠くを見つめた。
「―――霊界(ここ)に来た直後は、確かに記憶喪失だった……。でも、すぐに思い出してた……」
「じゃあ、なんですぐにそういわなかった？」
「それは……」
　廉はうつむいた。
「戻りたくなかったからか？ＥＳＰ研究所に」
「―――！」
　廉が驚いてオレを見る。
「しかしなぁ、だからといって肉体から一週間以上離れちまったら、本当に死んじまうんだぞ？」
　オレがそういうと、廉はオレから顔をそらした。
「……死んだほうがいい……」
「何……？」
「ＥＳＰ研究所(あそこ)の酷(むご)さは想像を絶する酷さだ。あんなところに戻るくらいなら、死んだほうがマシだ」
　廉は遠くを見つめた。
「―――戻りたくない理由は、それだけか？」
「え……？」
　廉はオレのほうを向く。
「知っちまったんだろ？自分の出生の秘密を」
「………！」
　廉は驚いたカオをして。
　そしてすぐにうつむいてしまった。
「……博士が話してるのを偶然聞いてしまった……おれは博士に"作られた"命なんだって……母さんが、本当の母さんじゃないって……」
「………」
「―――14年間、ＥＳＰ研究所(あそこ)で耐えてきたのは、みんな、母さんのためだった……おれが逃げ出したら、母さんに迷惑がかかるって……でも……でも……っ、あの女(ひと)がおれに示してくれた愛情は、みんな、金のための偽りだった……ッ！」
　ギュ……ッ。
　廉は拳を握りしめた。
「……それで逃げ出したってワケだ。仲間を置いて、自分一人で」
「え……？」
　廉は顔を上げてオレのほうを見た。
「ＥＳＰ研究所には、お前以外にも同じように苦しんでいる子がいる。そいつらを置いて、ここに逃げてきたんだろ？」
「それは……ッ！」
「それだけじゃない。お前は、オフクロさんからも逃げ出した」
　オレは廉の言葉をさえぎって続けた。
「お前はその博士とやらのコトバ、立ち聞きしたのなら、なぜそれを確かめようとしないんだ？―――怖いからさ。お前に対するオフクロさんの愛情が本当に偽りだったと認めることになっちまったらな」
「―――」
「結局お前は、嫌なことから闘わず逃げ出した、ただの臆病者なのさ」
「………っ」
　廉は勢いよく横を向いた。
　そして。
「……あんたに何がわかるんだよ？今まで普通に生きてきたあんたなんかに、今のおれの気持ち、わかるワケないだろ!?」
　キッ。
　廉はオレをにらんだ。
「………」
　オレはそんな廉を何もいわずに見つめて。
　フウ。
　ため息をついた。
　そして。
「あーあー、わっかんねぇなぁ」
「何……？」
　廉は驚いた顔でオレを見た。
「オレとお前じゃ、生きてる状況が違うもんな。……でも、それと同じように、お前にオフクロさんの本当の気持ちがわかるのかよ？」
「え……」
「オフクロさんが代理母を引き受けてから今日まで、どんな気持ちだったかなんて、オフクロさんにしかわからないことじゃないのか？」
「………」
　廉はオレからを顔をそむけた。
「なのに確かめもしないで、本当のことから逃げてる。それでいいと思うのかよ？」
「―――」
「確かに逃げるのはラクさ。でも、逃げてるだけじゃ、何も解決しやしない。結局は、お前が今かかえてるその苦しみから解放されることはないんだ」
「………」
「逃げないで闘ってみたらどうだ？ＥＳＰ研究所や本当のことから、さ」
「………」
　廉はうつむくと。
　ギュ……ッ。
　自分の胸のあたりを強くつかんだ。
　その横顔には、戸惑いの色が浮かんでいた。
「……まっ、決めるのはお前自身だ。オレがあれこれいっても仕方ないことだがな」

　オレはそういうと。
　廉に背を向けて歩き出した。

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