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『天国の事情』 ファイル４・霊能探偵の事情 ＜＜４ index＞＞ |
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５ 「真希！」 海の声が公園に響く。 今まで様子をうかがっていた海と綾子さんがオレのほうへやって来た。 オレは２人のほうを向く。 空はだいぶ白んでいた。 「よう、海。無事解放されたか」 ニヤッ。 オレは笑みを浮かべる。 「綾子さんがロープをほどいてくれたんだよ」 海は綾子さんのほうを見た。 「それはそれは。綾子さん、どうもお世話さまです」 オレは軽く頭を下げた。 「いえ。あの……そんなことより、朝倉くんは……」 綾子さんは心配そうな顔で倒れている朝月裕のそばにしゃがみ込んだ。 「大丈夫。死んじゃあいませんよ。妖怪が離れたショックで気を失ってるだけです」 「そうですか……」 綾子さんはほっとした顔をした。 「さて。これからどーすっかな……」 オレがそうつぶやいた、その時。 ……ピ…ポーピーポーピーポー…… 遠くのほうからパトカーのサイレンの音が聞こえてきたのである。 「……ったく。相変わらずちゃっかりしてるぜ」 ふう。 オレは腕を組んでため息をついた。 「え……？」 綾子さんはけげんそうな顔をする。 ―――その時。 オレ達のすぐそばでパトカーが止まった。 ガチャッ。 パトカーのドアが開く音がする。 「人の手柄を平気なツラで自分のものにする奴の登場だ」 オレはパトカーのほうを横目で見た。 「ひどい言いぐさだなぁ」 そういって。 オレ達の後ろのほうから室町さんが登場した。 「だって、ホントのことだろ？」 オレは室町さんを軽くにらむ。 「おれは通報を受けて来ただけなんだけどなー」 ニヤッ。 室町さんは笑みを浮かべた。 「よっくいうぜ」 フウ。 オレはため息をついた。 「それはそうと、彼が『週末殺人事件』の犯人なのか？」 室町さんがたずねる。 「そうねぇ……」 オレは朝月裕のそばにしゃがみ込んで、あいまいにうなずいた。 と、その時。 「―――ん……」 朝月裕の意識が戻った。 「真希―――」 「ちょっと待てや」 オレは室町さんを制する。 そして。 「よう、朝月サン。お目覚めのご気分はいかが？」 ニッ。 オレは朝月裕に笑みを向けた。 「……天原さん……綾子……」 朝月裕は起き上がりながら、オレ達をゆっくりと見回した。 「朝倉くん……」 綾子さんは複雑な表情で朝月裕を見つめる。 「………」 朝月裕は何もいわずにうつむいた。 「おたくに取り憑いてた妖怪はもういないぜ。……一体、どういうワケでアイツに取り憑かれてたんだ？」 オレは朝月裕の顔をのぞきこんだ。 「………」 ギュ……ッ。 朝月裕は唇をかみ締める。 しかし、何もいおうとはしなかった。 フウ。 オレはため息をついた。 「原因は、時田公平の例の一件、かな？」 「―――！」 朝月裕は驚いて顔を上げる。 「ドンピシャか」 「………」 朝月裕は再びうつむいてしまった。 「ここで全部ぶちまけちまえよ、おたくの事情。聞いてやるからさ」 「………」 朝月裕はしばらく下を見つめていた。 ―――そして。 「……あせって……いたんだ……」 朝月裕は下を向いたままゆっくりと口を開いた。 「……３ヵ月前、公平から話を持ち掛けられた。『テレビに出ないか』って。……同じ大学の同期で、一方はテレビ局のディレクター、一方はしがない占い師……その事実に打ちのめされたけれど。もしかしたら、これはチャンスかもしれない、そう思って公平の話に乗ったんだ……店のほうはクビになったけれど、それは、思いのほか成功して……うまくいきかけたその時、公平が、『やはり本当のことを明かしたほうがいい』なんていいだしてきた……そうしたら、おれには何もなくなってしまう……今の生活のすべてが崩れてしまう……そうあせっていた時、影夜叉が……」 朝月裕はそこまでいうと、再び口をつぐんでしまった。 「『"力"を貸してやろう』と来たワケだ」 フウ。 オレはため息をついた。 「………」 朝月裕は下を向いたまま、何も答えなかった。 「影夜叉が何をしていたのかは知ってたのか？」 海がたずねる。 すると、朝月裕は唇をかんで。 「……公平に会う約束をしていたあの日、公平がうちに来る前に話をつけようと、外に出ていて……公平と外で話をしたんだ。そこで口論になって……一瞬……意識がなくなって……意識が戻った瞬間には、目の前に血だらけの公平が……。その後も、時々意識がなくなって……その翌日には、必ず殺人のニュースが……それで、影夜叉が何が目的でおれに近づいたのか、なんとなくわかって……だけど……っ」 「だけど？」 海は朝月裕の顔をのぞきこんだ。 「おれは影夜叉の妖力(ちから)のおかげで霊能探偵として有名になってて……今さら、後戻りはできなかった。影夜叉にやめるようにいっても、『それですべてがめちゃくちゃになってもいいのか？』って、脅されて……やめることが……できなくなってたんだ……っ」 朝月裕はそういって、両手で顔を覆った。 「………」 ―――ここにいるのは。 霊能探偵・朝月裕ではなかった。 誘惑に負けた、普通の人間、朝倉祐介であった。 フウ。 オレはため息をついた。 「……占い師って、どういう商売だか知ってるか？」 オレは朝月裕にたずねる。 「え……？」 朝月裕はゆっくりと顔を上げて、けげんそうな顔をした。 「占い師の元にやって来るのは、答えを決めてほしいヤツなんだよな。答えはもう、本人の中にある。それを後押ししてやるのが占い師の商売ってモンさ」 「………」 朝月裕は何もいわずにオレを見つめた。 オレは言葉を続ける。 「ノルマの厳しいあの店でおたくが占い師をやっていけたのは、おたくが親身になって客の話を聞いてやってたからさ。……先輩の占い師がいってたぞ。『朝倉くんは、占いの才能はないけど、占い師の才能はある』ってな」 にっ。 オレは笑みを浮かべた。 「おたくはおたくだけの力で、十分、立派にやっていけてたんだよ」 オレがそうはいうと。 「………」 朝月裕は何もいわずにうつむいて。 ギュ……ッ。 手を握り締める。 その肩はかすかに震えていた。 オレはその様子を静かに見つめて。 「……室町さん。この事件、迷宮入りだな」 オレは室町さんのほうを振り返った。 「……そのようだな」 室町さんは苦笑いを浮かべてうなずいた。 「え……っ!?」 朝月裕は驚いた顔でオレを見る。 「9人もの人間を殺した犯人はオレが消滅させちまったからな」 「でも……っ」 「それにな」 オレは朝月裕を制して続けた。 「それに、罪を償う場所は、何もオリの中だけじゃない。おたくはその才能で、たくさんの人を救ってやれ。……綾子さん。それでいいだろう？」 オレは綾子さんのほうを見た。 「……そう、ですね。公平もきっと、そう望んでますよ」 にこっ。 綾子さんは、朝月裕に笑みを向けた。 「綾子……」 朝月裕は今にも泣き出しそうな顔になった。 「もっと自分に自信を持てや。おたくはまだ走れるさ」 ポンッ。 オレは朝月裕の肩を軽く叩く。 「……ああ……」 朝月裕はゆっくりとうなずいた。 ―――空はもう。 すっかり明るくなっていた。 「ふあぁぁっ」 オレは大あくびをする。 ここは霊界図書館。 倶生(くしょ)ちゃん達のキーボードを打つ音だけが響いている。 オレはいつものようにソファに寝そべっていた。 「彼、頑張ってるみたいじゃないか」 「ん……？」 オレは声をしたほうを見上げる。 海が机の上に広げっぱなしにしていた雑誌を手に取っていた。 ついこないだまで、朝月裕の"やらせ"について大々的に報じていたその雑誌には。 『注目の占い師』として、小さく"朝倉祐介"という名前が載っていた。 「まだまだこれからさ」 ふ……っ。 オレは天井を見上げたまま、笑みを浮かべた。 ―――と、その時。 「あっ、天原さん、いたーっ」 突然そんな黄色い声が聞こえる。 「え……？」 オレは体を起こすと。 向こうにいつぞやの女の子３人組がいた。 すごい勢いでオレのほうに駆け寄って来た。 「どっ、どうしたの……？」 オレはためらいがちに彼女達にたずねる。 すると。 「あたし達、天原さんのファンになっちゃったんです！」 そう。 キャピキャピ声でいったのである。 「―――は？」 オレは思わずマジマジと彼女達を見つめる。 な……なんだって……？ オレのファン、だぁ!? 「ちょ……ちょっと、どーいうことよ!?」 オレはあせってたずねた。 「あたし達、天原さんのステキな笑顔に惹かれちゃったんですっ。ねーっ」 ほかの２人に同意を求める。 「ねーっ」 ２人もうなずいた。 「ねっ、『ねー』って、君達、あのねぇ……」 「御迷惑ですか？」 ３人が心配そうな顔でたずねた。 「そっ、それはその……っ」 オレは困って視線を宙に泳がせる。 「おっ、おいっ、海っ。助けてくれよ！」 オレは海のほうに救いを求めた。 ―――しかし。 「いーんじゃねーの？真希。モテモテでさ」 ニヤッ。 海は笑みを浮かべると。 １人でさっさと出口のほうへ歩き出してしまった。 「あっ、ちょっと、おいっ！待てよっ!!」 オレは慌てて立ち上がろうとするが。 「あっまはっらさんっ」 ズイッ。 ３人がオレのほうに迫って来る。 「くっ、倶生ちゃんズ！」 オレはカウンターの倶生ちゃんズにヘルプの視線を向ける。 しかし。 「クスクスクスクス……」 ただただ笑って見ているだけであった。 そんな倶生ちゃんズと女の子達を見くらべて。 「た……っ、助けてくれーッ！」 霊界図書館に。 倶生ちゃんズのクスクス声と女の子達のキャピキャピ声をバックにして。 オレの悲痛な叫び声が響いたのだった。 だっ、誰か助けてくれーっ!! -ＥＮＤ- |
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