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『天国の事情』 ファイル６・刑事の事情 ２＞＞ |
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１ のどかな日差しが降り注ぐ、霊界図書館。 天候の変化はあまりない霊界ではあるが、地上の季節変化が多少影響を与えていて、すっかり秋らしい澄んだ空が広がっている。 そんな秋のやわらかくて暖かな日差しは昼寝にもってこいだ。 ……まあ、いつだろうが、オレはここで寝ているのだが。 ともかく。 今日も今日とて、オレはのんびりと昼寝を楽しんでいた。 ―――が。 「どおいうつもりだ？」 バンッ！ オレは今にもオレの上にのしかかろうとするヤツの顔をめがけて、手近にあった本を投げつけた。 「いっ、いたたたたたっ」 本は顔面にクリティカルヒットをして、ヤツは顔を抑えてしゃがみこむ。 「おや、来てたんですか？大牙(たいが)さん」 「大丈夫ですか？」 しゃがみこんだヤツを見て、倶生(くしょ)ちゃんズは声をかけた。 「ははっ。まあね」 ヤツ―――大牙は苦笑した。 黒い服、そして見事なまでの銀髪に、金の瞳。 そして、頭には、髪と同じ色の耳。 見た目はオレと変わらないくらいではあるが、実際は年齢不詳の、わりと整った顔をした青年――― 大牙は妖狐である。 一応、オレや倶生ちゃんズの知り合いであった。 「やはり、さすがは真希だなあ」 大牙はにやけた顔のままいう。 「バカいってんじゃねーよ。ったく、何の用だよ？」 オレがにらんでそういうと。 「きまってんじゃん。愛しの真希に愛を伝えに」 そういって。 ガバッ。 大牙はオレに抱きつこうとする。 「やめいッ」 オレが大牙を振り払おうとした、そのとき。 「……真希……？」 ためらいがちにかけられる声。 海の声である。 「海か」 オレは海のほうを見る。 ガコッ！ 「あがっ！」 その瞬間に大牙のあごにオレのこぶしが入っていた。 「つれないなあ」 大牙があごをさすりながらいう。 「バカか」 ふう。 オレはため息をついた。 「えーと、真希……？」 いまだ状況が読み込めてない様子の海。 海はオレと大牙を交互に見比べていた。 「ああ。コイツは大牙。閻魔庁の職員だよ」 そう。 実は大牙は、万年人手不足の庁、閻魔庁に所属する職員なのであった。 オレが海に紹介しているその脇で、当の大牙はまじまじと海の顔を見ていた。 「なっ、なんですか……？」 海が戸惑った顔でたずねる。 「ふーん、君がウワサの真希のパートナーねえ……」 「えっ、俺のこと、知って……？」 海が大牙にたずねると、大牙はにやっと笑った。 「そりゃあな。真希と今まで長続きしたパートナーはいなかったってのは有名な話だし。なのに、もう５ヵ月も組んでるってんだろ？君、かなり有名だよ」 「はあ……」 海は戸惑った様子でうなずいた。 大牙のペースに飲まれているらしい。 「そんな話はいいんだよっ。それより一体何の用事で来たんだよ？」 オレは大牙にたずねる。 すると。 「だーかーらーさっ」 ニヤけたカオのままの大牙。 「……わかった」 ふーっ。 聞いてもくだらないことしかいいそうにない大牙に、オレはため息をついてことばをさえぎった。 ったく、コイツは……。 「……ん？ちょっとまてよ？」 「どうした？海」 何か思い出したふうの海に、オレはたずねる。 「そういや、今度の仕事……閻魔庁の職員と協力してやるっていってたな。それってもしかして……」 じっ。 海は大牙を見る。 大牙はニヤッと笑って一言。 「ピンポーンッ」 「……マジかよ」 ふーっ。 オレはため息をついて頭を抱えた。 ここは地上治安課。 大牙の話に半信半疑のままで課長のもとへ行くと。 大牙の話は真実であったことが明らかになった。 「つれないなあ、真希は」 「……やかましいわ」 ニヤけ顔の大牙を一瞥して、再びため息をつく。 「仕方あるまい。閻魔庁直々の要請だからな。それに、大牙と組むのは初めてのことじゃないだろう？」 課長はオレと大牙の様子にあきれ半分の顔をする。 ……確かにそうだ。 大牙と組むのは、初めてのことじゃない。 そもそも大牙と知り合ったのも、仕事上のことだった。 それ以来、大牙は暇なときはさっきのようにオレにまとわりつくようになったのだ。 もっとも、閻魔庁は忙しいところであるから、そう年がら年中まとわりつかれるわけではなかったのだが。 「とにかく。よろしく頼むぞ」 「……はーい」 オレは渋々うなずいた。 ―――今回の仕事は、実はこないだの召鬼・鬼太郎(おにたろう)の一件と関係していた。 どういうわけか地上に来てしまった鬼太郎。 何故まだ子供の鬼太郎が地上に降りることが可能だったのか。 その理由は、何者かが地獄から地上へと通じる"歪み"を発生させたせいであった。 それにたまたま鬼太郎ははまってしまったのだ。 そしてその"何者か"はやはり地上に降りていた。 しかも、ソイツは地上の人間へ恨みを晴らすために地上に降りたというのだ。 この事実を突き止めた閻魔庁は、地天庁に応援を要請することにしたらしい。 そして。 ターゲットにされた人間というのが……。 「なあんで、室町さんなんだよー」 ここは、警視庁の特捜課の資料室。 課長から渡された資料に載っていた、ターゲットにされた人間の名前は、 『室町圭介』。 まさしくこの人だったのである。 なんだか今回はこんなのばっかりだ。 オレは今日何度目になるかわからないため息をついた。 「なんで、といわれてもなあ」 室町さんは苦笑する。 「まあ、いいじゃないか。室町さんなら、ムダな説明しないですむしさ」 海がオレをなだめるようにいう。 「そうだけどさあ」 「なんだ。ターゲットと知り合いなんだ。真希たち」 地上用に髪も瞳も黒くして、耳も引っ込めている大牙がオレ達の様子を見てたずねた。 「まあな」 オレはうなずいた。 「今日はもう１人いるんだな」 室町さんが大牙を見ていう。 「ああ。今回の仕事は地獄の閻魔庁と共同でやることになってさ。そこの職員」 「地獄の閻魔庁？」 室町さんは聞き返した。 「そっ。こう見えてコイツ、妖狐なんだ」 オレがそういうと。 「大牙だ。よろしく」 大牙はそういってすっと変装をといて、本来の姿になった。 「……お前と付き合ってるといろんな種族に出会うな」 大牙を見て、にんまりと笑う室町さん。 大牙を見ても動揺しないあたり、さすがオレと付き合いが長いだけある。 「まあ、何はともあれ、こちらこそよろしく」 室町さんは大牙にすっと手を差し出す。 そんな室町さんを見て、大牙はにやっと笑うと、室町さんと握手をした。 ……この２人、結構似てるかも……。 「しかし、なんでまた、おれが狙われてるんだ？……まあ、商売柄、ヒトにはかなり恨まれてるがね」 そういって、にやって笑う室町さん。 が、すぐに真面目な顔になって、言葉を続けた。 「まあ、確かに、最近妙な気配は感じてたんだよな」 ふう。 室町さんはため息をついた。 「とはいえ……真希たちだけじゃなくって、閻魔庁の大牙くんまで動いてるっていうことは、人間に狙われてるってわけじゃないんだろ？」 「いや。というか……ああ、そうか。室町さんには転生のシステムを話したこと、なかったっけ」 オレがそういうと。 「ああ。聞いたことない」 室町さんはうなずいた。 「人間が死んだら、霊界裁判所の裁きを受ける。そのとき、生前の業、カルマって呼ばれてるけど、それによって、転生前にどれくらいの期間、地獄でカルマ払いをしなきゃいけないかってのが決定されるんだ」 「『カルマ払い』？」 室町さんはたずねた。 「んー、地上でいうところの"修行"みたいなもんかな。で、生前の業を清算するんだ。それがすむと、また転生する、と」 オレがそこまでいうと、大牙がことばを続けた。 「つまり、転生から死までを扱うのが地天庁で、死んで転生するまでが閻魔庁、というわけ。確かに物の怪の類も扱うケドね」 「なるほどな」 室町さんはうなずいた。 「で、今回、室町さんを狙っている人物なんですけど、今から４年前に亡くなった、『宮部由紀子』という人です」 「え……？」 海の話を聞いて、室町さんの顔色が変わった。 「ご存知ですか？」 「……ああ」 海がたずねると、室町さんは複雑な顔でうなずいた。 「おれが担当した事件の容疑者で……おれが昔お世話になった先輩のお姉さんさ。……彼女の墓、行ってみるか？」 そういう室町さんの顔は、どこか苦しげに見えた。 宮部由紀子の墓は、都内にあった。 ビル群の中にひっそりと埋もれた墓地であった。 オレ達は近くで花と線香を買ってから、墓地へと入っていった。 「あの事件があった頃、おれは警視庁の捜査一課に配属されて、１年ちょっと経った頃だったな。……まだ、真希にも出会ってない頃さ」 目的の墓に向かいながら、室町さんはゆっくりと話し始めた。 「殺人事件だったんだ。男がアパートで何者かに刃物で刺されて死んでいた。その容疑者が、宮部由紀子。彼女は殺された男の元恋人であり……当時のおれの先輩だった、宮部明俊の姉、だったんだ」 どこか遠くを見ながら、静かに語る、室町さん。 こんな彼を見ることはそうはない。 いつもの、どこかおちゃらけた感のある彼ではなかった。 「その彼女が何故、亡くなったんですか？」 海がそうたずねると、室町さんは苦笑して。 「……おれのせい、だな……」 「え……？」 オレは思わず聞き返した。 と、そのとき。 「……宮部さん……？」 向こうに人影を見つけて、室町さんが突然立ち止まる。 人影はこちらに気づいて振り返った。 年は室町さんと同じくらいだろうか。 しかし、割と線の細いかんじで、実際の年齢よりも若く見えているのかもしれない。 そして格好は、スラックスにトレーナーという、ラフなものであった。 彼はこちらの姿を認めると、鋭い顔つきになった。 「……何しに来た」 室町さんの顔を見ずに一言、冷たい口調でいう。 「墓参りに」 彼のこんな態度に慣れているのであろう。 室町さんは特に動揺した様子もなく、静かに答えた。 そんな室町さんに一瞥もくれず、目の前の墓を見つめたまま。 「……帰れ」 「………」 室町さんは何も答えずに、ただ、苦笑した。 そして。 「……わかりました」 あくまでも静かに室町さんはいった。 「室町さん？」 海が心配そうに声をかける。 「……すまないな。また日を改めて、だな」 室町さんは苦笑を浮かべていう。 「………」 ２人のただならぬ雰囲気に、オレ達は誰一人として何もいうことができなくて。 花束を持ったまま歩き出した室町さんにただついていくことしかできなかった。 そんな様子さえも、相手のほうはまったく見ようとはしていなかった。 ―――あれが、宮部明俊、か。 歩き出してしまった室町さんの後を追いながら、オレはただただ墓を見つめている宮部の横顔を振り返って、ため息をついた。 彼の横顔は。 まだそれほど離れていないのにもかかわらず、なんだか遠くに見えた気がした。 |
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仔猫の遊び場
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