Smile!-1

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『Smile!』 　　　＜＜プロローグ　　　　２＞＞

　１

『…………』

　誰かが呼んでる……そんな感覚。
　男とも女ともつかない声。
　わからない。
　誰だろう……とても懐かしい……。

『…………い…』

　何？

『……めなさい……』

　何なの？

『目覚めなさい』

　……!?

　ガバッ！

「………」

　目の前に広がるのは、いつもの自分の部屋。

「……なんだ、夢かあ」

　ふう。
　わたし、吉川佳奈(けいな)は、ため息をついた。
　時計を見ると、もうすぐ午後7時を迎えようかというところ。
　どうやらうたた寝していたらしい。
　窓の外はもう真っ暗だった。

　――なんだか、不思議な夢を見ていた気がする。
　でも、もうあまりよく覚えてはいない。

「コレのせいかなあ」

　シャラッ。
　首に下がったペンダントを見つめる。
　剣の形をしたペンダントトップ。
　刃の部分は、透明な水色の宝石。
　柄の部分は、金色の金属で、小さな赤い石が埋め込まれていた。
　これは、つい数時間前、母からもらったものだ。
　「もらった」というのは、いささか間違いかもしれない。
　これを渡されたときに母から聞かされた話は、とても突拍子もないものだった。

「佳奈、はい」

　時は数時間前。
　父と母は旅行の出発準備に追われていた。
　というのも、母はよりにもよって、海外旅行のペア招待券を当てたからである。
　それも、その指定日がわたしの誕生日の前日ときたもんだ。
　そんな折のこと。
　そろそろ出発しようとしていた母がわたしになにやら箱を差し出した。

「なあに、コレ？」
　わたしは箱を受け取った。
「本当は誕生日にでも渡そうかと思ってたんだけどね。……ま、開けてみなさい」
「うん」
　わたしは母に促されるままに箱を開けた。
「これは……」

　ドキ……ン――ッ。

　胸が、高鳴る。
　箱の中には、剣の形をしたペンダントが入っていた。
　……なんだろう……この感覚は……。
　どこかで見たことがあるような……懐かしい……涙が出そうなほど……。
　ものすごく懐かしい……遠い彼方の記憶を揺さぶるような……そんな感覚。

　―――……

「これ、ね」
　母はわたしの様子を予想通りといった感じで見つめ、言葉を続けた。
「信じられないかもしれないけど……あなた、これを手に握って生まれてきたの」
「……え……っ!?」
　わたしは思わず顔を上げて母のほうを見た。
「お母さんもお父さんも、お医者さんも看護婦さんもびっくりしたわ。まさか現実にこんなことがあるなんてね。いろいろ理由を考えてはみたけれど、誰にも答えは出なかった。でね、お父さんと相談して、これは佳奈にとってきっと大事なものだろうからって、なくさないように佳奈が大きくなるまでは私たちが預かっておくことにしたの。でも、佳奈も明日で16歳だし。もう渡してもいいかなって。ね、お父さん」
　母はいつの間にやらこちらのほうに来ていた父に同意を求めた。
「ん、ああ。佳奈、大事にするんだぞ」
「……わかった……」

　……信じられないよなあ。
　小説とか、漫画とかではあるけどさ。
　でも、お母さんの瞳に嘘はなかった。
　現実として、このペンダントがあるわけで。
　うーん、考えてもしょうがないか。

　そんなことがあって。
　あんなよくわからん夢を見たのかもしれない。
　あの夢でも。
　このペンダントに感じる感覚に似たようなものを感じてた気がする。
　………。
　ふう。
　わたしはため息をついた。

　――と、そのとき。

　ピンポーンッ。

　インターホンの音。
　誰かが来たみたいだ。
　……まあ、誰が来たのかはだいたいわかってはいるんだけどね。

　わたしは鏡を覗き込むと。
　寝ていたせいで少ししわのよったセーターと乱れた髪を整えて。
　軽く鏡の前で笑ってみる。
　そして、玄関へと向かった。

「はーい」
　わたしは一応ドアの向こうに声をかける。
「オレだ、オレ」
　やっぱりね。
　ドアの向こうから聞きなれた声が返ってきた。
　それを聞いて。
　ガチャッ。
　わたしはドアを開けた。
「ホレ、迎えに来てやったぞ」
　そこには、偉そうな顔をして立つ、幼馴染みの増山乱路(らんじ)の姿があった。

「あー、楽しかった」

　わたしは空を見上ながらいう。
　今日はいい天気のおかげで、星が結構よく見える。

　あの時。
　乱路は、一人お留守番になってしまったわたしを夕食に呼ぶために来たのだった。
　……ま、とはいってもおばさんの命令でしぶしぶって感じだったんだけど。
　乱路のとこのおばさんとウチの母は高校時代からの付き合い。
　お互いに結婚したんだけど、なんだかんだでご近所に住むことになったらしい。
　そんなわけで、わたしと、同い年の乱路、あと今は一人暮らしをしている乱路の3つ年上の正博兄ちゃんは生まれたときからずっと兄弟のようにして育ってきた。
　そんなわけで。
　見事にお留守番のわたしを心配しておばさんが夕食に招待してくれたのであった。
　で、その後も増山家でのんびりしてたら、いつのまにやら時間が12時近くなってしまった。
　おばさんは「泊まっていけば」っていってくれたけど、一応家を留守にするのも心配なので、とりあえず乱路に送ってもらって帰ることにしたのである。

「ったく。オレに送らせるなよなあ。面倒ったらありゃしない」
　乱路はコートに手をつっこんだままでぼやく。
　3月とはいえ、まだまだ寒い。
「なによ、じゃあこんな夜道、わたし一人で歩かせるつもり？ひっどーいっ」
　ぷう、とわたしは膨れ面をした。
「はいはい。わかりましたよ、まったく」
　ため息混じりにいう乱路。
　でも、知ってる。
　ちゃんとわたしの歩幅に合わせて歩いてること。
　なんだかんだいっても、ちゃんと心配してついてきてくれてる。
　うれしい。
　……けど、はずかしくてそんなことはおくびにも出せなかったりする。
「あーあ。正博兄ちゃんだったら、文句ひとついわないだろうになあ。なんで兄弟でこうも違うかなあ」
　わざと憎まれ口を叩いてみる。
　……素直じゃないなー、わたし。
「うるっせーや」
　ぷいっ。
　乱路はそっぽを向いてしまった。
「ふふっ」
　わたしはそんな乱路の横顔を見ながら笑みを浮かべた。

　何度となく繰り返されるやり取り。
　でも、それが幸せだなあ、と感じる。
　いつもの風景だ。
　わたしにとっての指定席はいつも、乱路の隣だった。
　生まれてから今までずっと変わらない。
　ただ……。
　と、わたしは隣を歩く乱路を見る。

「ん？なんだ？」
「……ううん、なんでもない」
　わたしはふっと笑みを浮かべて首を横に振った。

　――ただ。
　長い年月の中で、いつのまにか。
　乱路を「幼馴染み」以上の存在として、思うようになっていた――

　二人の足はいつの間にか、いつも通りに近くの公園に向いていた。
　乱路の家からの帰り道、いつも決まって通るルートである。

「……そろそろ12時、か」

　公園のブランコの前。
　乱路がふと足を止めてつぶやく。
　夜中の公園には人影はまったくない。
　静寂が支配する空間。
　かすかな街灯と星明りが照らしている。
　乱路はその空間を壊さないようにするかのように、そっと空を見上げた。

「そうだね」
　わたしも足を止めて、空を見上げた。
「……よくここで、星、見たよな」
「うん」

　小さい頃からいつも、よく星を見てた。
　ここから。
　そういえば、ここで星を見るときは、きまって乱路と二人のときだったっけ。
　正博兄ちゃんがいるときは公園には寄らずにまっすぐ帰ってたもんな。
　でも、乱路と二人のときは。
　どんなきっかけか忘れてしまったけど、ここに寄ることが暗黙の了解になっていたのだった。

「オレ、さ。ここから二人で見る星が、好きだったんだ」
「………」

　そっと乱路のほうを見ると、乱路はさっきと同じように空を見上げていた。
　が、ゆっくりとわたしのほうを振り返った。

　ドキン……ッ。

　その顔が、今までになく真剣で。
　そして、とてもやさしい顔で。
　胸が、高鳴ってゆく――

「だから、今日も。佳奈の誕生日にも……一緒に見たいと思ってた。オレ――」

　――と、乱路が最後の言葉を言いかけたとき、だった。

　パァァァァァ……ッ！

　突然。
　首に下げていた、あのペンダントがまばゆいばかりに輝きだしたのである。

「なっ……!!」
「なんなの!?」

　その光はますます輝きを増していって。
　視界を真っ白にしていく。

「―――ッ！……」

　その光と連動するかのように。
　スーッと。
　わたしの意識も遠のいていった。

『……時は満ちた。目覚めなさい――』

　――遠くで。
　夢で聞いた声と同じ声を聞いた気がした。

　そして、それが意識を手放す前の最後の感覚だった。

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