Smile!-2

『Smile!』２　＜　小説index　＜　Home

『Smile!』 　　　＜＜１　　　　３＞＞

　２

「……ん……」

　光を……感じる。
　もう朝、なのかなあ。

「……な…………の……」

　声が、聞こえる。
　なんだろう……。

　パチッ。
　わたしは目を開けた。
　布団の感触。
　どうやら、わたしはベッドの中にいるらしい。
　……でも。
　見上げる天井は、わたしが知っているものではなかった。

「あ、気がづきましたか？」

　ひょこっ。
　人懐っこそうな顔がのぞきこんできた。
　年齢は、6、7歳位の男の子のようである。
　服は、まるで中世ヨーロッパの平民のしているような格好で。
　頭には、ぴよっと、犬のような耳があった。
　……ってえ、耳!?

　ガバッ！
　わたしは飛び起きて、男の子の顔……正確には頭をまじまじと見つめる。

「コレって……本物……？」
　恐る恐るたずねる。
「えっ、ああ。この耳ですか？そうですよ」
　男の子はこともなげに答えた。
「!?」
　思わず絶句。
「おや？記憶にはないんですか？」
　男の子は不思議そうな顔をする。
「……え？」
　わたしが思わず聞き返すと。

「無理もなかろうて」

　奥のほうから、そんな老人の声が聞こえてきた。
　今気付いたけど。
　ここ、どこかの民家のようだ。
　声のしたほうを向くと。
　かなり年を取っていそうな小柄な老人が現れた。
　……すっかり白髪ではあるが、やはり犬耳がある。

「えっ、あっ、あの……」
「わしの名はウィズ。この子の名はノウ。わしらはウィンディア族と呼ばれる者でしてな。皆このような耳をもっておりますのじゃ」
　わたしが戸惑っていると、ウィズのほうがそう答えた。
「はっ、はあ……」

　とはいわれてもなあ。
　……ってーか、あれ？
　そうだよ。
　確か、わたし。
　家に帰る途中だったはずだ。
　それで、途中で公園に寄って。
　乱路と話してて……そう。
　ペンダントが突然輝きだして。
　それで、気を失って……。
　そして。
　そして……どうしたんだ!?

「あっ、あの!!ここはどこ!?乱路、乱路は!?」
　わたしはパニック状態でたずねる。
「まあ、落ち着きなされ。お連れさんは隣で眠っておる。じきに気がつくじゃろうて」
　ウィズにいわれて隣を見ると。
　確かに隣のベッドには乱路が横たわっていた。
　顔色を見る限りはどうやら気を失っている以外は大丈夫そうである。
　と、そのとき。

「うっ……うーん……」

　乱路がかすかに声をあげた。

「乱路!?」
「どうやらお連れさんも気がついたようじゃな」

　気がついた乱路は、さっきわたしがとった言動と同じようなことを一通りした。
　そして、話は最初の「ここはどこか」という話に戻ったのであった。

「で、ここはどこか、というご質問だが……ここは、『アースナ』と呼ばれる世界、といえばわかってもらえるかの？」
「……『アースナ』……？」

　ドキン……ッ。

　また、だ。
　この感覚。
　夢やペンダントに感じたのと同じ感覚だ。

「聞き覚えはないかの？」
　ウィズがゆっくりとわたしと乱路を見つめながらたずねた。
「そっ、それは……っ」
「………」
　思わず答えにつまるわたし達。

　『アースナ』

　不思議と。
　どこか懐かしい響きを感じる……。
　聞き覚えが……ない、とはどこか言い切れないような感覚。
　でも、でも。
　そんなはずは……。

「お前さんたちは、たぶん、呼ばれたのじゃよ。アースナに」
「呼ばれた……？」
　わたし達はウィズを見る。
「アースナは、今、戦乱に見舞われておって、大変なことになっておる。おそらく、この戦乱を終わらせるために、アースナはお前さんたちを呼んだのじゃ」
「……は？」
　思わず目が点になるわたし達。
　……やっぱり、夢かな、コレは。
　つねっ。
「いったあっ」
　わたしは自分でほっぺたをつねって、思わず声を出してしまった。
「……ナニやってんだ、お前」
　乱路がそんなわたしを呆れ顔で見る。
「えっ、いや、夢かと思って」
　わたしは苦笑いを浮かべた。
　ふう。
　どうやら夢ではないらしい。
「ほほっ。残念ながら、まごうことなき現実じゃよ」
「はっ、はあ……」
　わたしはとりあえずうなずいた。
「ただ、さ、じいさん。もし仮にオレ達が呼ばれたのだとして……なんでオレ達なんだ？オレ達は普通の人間だぞ？」
　確かにその通りなのだ。
　わたし達はごくごく普通の高校生。
　戦乱をどうこうする力なんてあるはずがないのだ。
　――しかし。
「お前さんたちは、決して何の力も持たない、というわけではないぞ？」
　ウィズはいう。

「お前さんたちは、かの有名な、『伝説の王カイナ』とその王妃『エリア』の生まれ変わりなのだからな」

「―――」

　ウィズの家は、どうやら森の中にあったらしい。
　気分転換に外に出ると、たくさんの木々が目に飛び込んできた。
　周囲をしばらく歩いていると、小さな原っぱがあって。
　わたしは一人。
　そこで風に吹かれていた。

「ここにいたのか」
「乱路……」

　乱路がほっとした顔でわたしのほうにやってきた。
　わたしは乱路のほうを一瞥すると、再び、遠くを眺めた。

「信じ……らんないよね」
「ああ。そうだな……」

　あの時。
　ウィズが話したことは、本当に信じられないような話だった。

　――今から400年前。
　アースナは現在と同じように戦乱に見舞われていた。
　終わらない戦乱の日々。
　アースナの人々は疲弊しきっていた。
　そんな時。
　わずか16歳にしてカルナという国の王になった、カイナ・アルクーストという人物が現れる。
　彼は激しい戦乱を徐々に治めていき。
　最終的にはすべての戦乱に終止符を打ち、アースナに長き平和をもたらしたという。
　そんな彼は、今では『伝説の王』と呼ばれている……。

　アースナの歴史において、重要な役目を果たしたカイナ。
　そんな人物の生まれ変わり。
　それが……わたしなのだと、ウィズはいった。
　他の誰でもなく。
　今までごくごく普通に育ってきて。
　取り立てて人より優れたものもない、そんなわたしが。
　わたしが……『カイナ』……？
　とても、信じられなかった。
　そして、彼の最愛の王妃であった、エリアの生まれ変わりが、乱路なのだというのだ。

「なんだか……とんでもない誕生日になっちゃったな……」
　わたしはポツンとつぶやく。
「……そうだな」
「このペンダントを渡されてから、なんだか信じられないことばっかりだよ」
　ふう。
　わたしは胸元のペンダントを見つめ、ため息をついた。

　このペンダントは。
　元々はカイナのものだったそうだ。
　『アスナイト』と呼ばれる、青く透明な特殊な石でできたペンダントであるという。
　この石はとても貴重で、ウィンディア族が何年かに1度、発掘できるかどうかというもの。
　しかも、このようなペンダントにできるような大粒の石は本当に何百年に1度しか見つからないらしい。
　そんな『アスナイト』には不思議な力があるという。
　石自らが持ち主を選ぶのだ。
　そして永遠に選んだ持ち主の傍にいるというのだ。
　カイナを持ち主として選んだ、この『アスナイト』は、カイナが死んだ後は、
　特定の持ち主のいないまま、王家によって代々保管されてきたらしい。
　しかし、今から16年前。
　突如としてその姿を消した。
　唯一の者を持ち主とする『アスナイト』。
　その石が姿を消したということは……本来の持ち主、つまりカイナが、ここではないどこかに現れたということ。
　それ以来、カルナ国はカイナの生まれ変わりを探し続けているというのだ。
　そういうわけで、もうじき、カルナ王城からわたし達を迎えに使者がやってくるらしい。

　どのようにして、このペンダントを手に入れたのか、そうウィズに聞かれて、答えに困った。
　母の話を思い出す。
　「生まれたときに握っていた」
　母は確かにそういっていた。
　つまり。
　16年前、わたしがこの世に生を受けた瞬間に、このペンダントはわたしのもとに現れたということである。
　16年前にカルナ王家から消えたペンダント。
　それは2つとないもので。
　それと全く同じものが、ここにある。

　そこから導き出される答えは……。

　わたしはギュッとペンダントを握り締めた。

「本当に、夢じゃないかって、何度も疑ったけどさ」
　乱路がいう。
「ここを全く知らない場所だっていえるのか、と聞かれると……何故だかわからんが、そうでもない。しかも、きわめつけは、言葉、通じてるんだもんなあ」
　乱路は苦笑いを浮かべた。

　そうなのだ。
　はじめはパニック状態だったし、わたし達にとってあまりにも自然だったため、ちっとも気づかなかったんだけど、
　ウィズもノウも日本語なんか話してはいなかったのである。
　もちろん、彼らがしゃべってるのは、本来なら全く知らないはずの言語。
　だけど。
　なぜかわたしも乱路も全く抵抗がなかった。
　すんなり理解できた。
　しかも。
　どうやら無意識ではあるんだけど、わたし達自身、アースナの言葉で会話をしているらしい。
　なんとも不思議な感覚である。
　――これも。
　前世の影響なのだろうか。

　……そういえば。
　この前見た夢も。
　日本語ではなくって、アースナの言葉、だったような気がする……。

「とりあえず、起きてしまったことはしょうがない。これから先のことを考えようぜ」
　にっ。
　乱路は笑って。
　わたしの頭をぽんぽんと軽くたたいた。
「ん……」

　――と、そのとき。

　パァァァァァァァッ！

　ペンダントが。
　ここに来るときと同じように輝きだしたのである。
　その光がわたしを包んでゆく。

「なっ……なに、これ……ッ」

　光の中で。
　様々な光景が走馬灯のように頭の中を駆け巡っていく。

　これ……これは……カイナの、記憶……？

　そして、最後に。
　森の中でたたずむ、少女の姿が、光の中に見えた。
　少女がゆっくりとこちらを向く。
　その瞳には、なんともいえない悲しみの色が浮かんでいた。

　――思い……出した……

「……い……な……佳奈！」
「あ……っ」

　はっと気がつくと。
　わたしは乱路に倒れかかっていた。

「おい、大丈夫か？佳奈」
　乱路が心配そうな顔をする。
「わたし……」
　わたしはいまいち状況がつかめず、乱路の顔を見た。
「びっくりしたよ。突然倒れそうになったから。本当に大丈夫か？」
「突然……倒れそうに……？」
「ああ」
「乱路は、見なかったの？」
　わたしは思わずたずねる。
「何を？」
　乱路はきょとんとした顔で聞き返してきた。
「……ううん。なんでもない」
　わたしは首を振った。
　そうか。
　さっきの光景は、わたしの中だけに起きたことだったんだ……。
「大丈夫だよ、乱路。ありがと」
　わたしは乱路に笑顔を向けた。
「ああ」
　乱路はまだ少し心配そうな顔をしながらもうなずいた。

　さっきの光景は。
　カイナの記憶であり……そして、そう。
　ペンダントの記憶。
　わたしに過去を思い出させるために、ペンダントが記憶を見せたんだ……。

「ケイナ様ーっ、ランジ様ーっ」

　と、向こうのほうからノウの声が聞こえてきた。
　わたし達は声のしたほうに振り返る。

「城から迎えが来ましたよ」

　そういうノウの後ろには。
　スラッとした長身で黒髪をした、青い瞳の25,6歳くらいの青年と。
　少し茶色っぽい髪で黒い瞳をした、ノウを若干大きくしたような、12,3歳くらいの少年が立っていた。
　2人とも、見た目はわたし達から見てもあまり違和感がない。
　ノウと違って、普通の人間の耳をしていた。
　格好は、ノウと同じ、中世ヨーロッパ風。
　ただ、2人とも城の人間である。
　少ししっかりした、材質のよさそうな服を着ていた。
　そして、青年のほうは、柔らかな笑みを浮かべてこちらを見ていたが、
　少年のほうは、なぜか年齢に似合わないくらい大人びた瞳でこちらを見ていたのであった。

「はじめまして。私、サナル・エディアンと申します。お二人をお迎えに上がりました」
　優雅な物腰で、サナル、と名乗った青年は挨拶をした。
　そして。
「こちらにいらっしゃるのが……」
　サナルさんは少年のほうを見る。
　すると、少年が口を開いた。

「現カルナ国王、ナディア・アルクーストだ」

　なんと。
　「迎え」というのは、国王直々だったのである。
　しかも、どう見ても自分たちよりも年下にしか見えない少年が、この国の王……？
　わたしと乱路は思わず顔を見合わせてしまった。

　――なんだか。
　得体の知れない不安感がわたしの中にもたげてきていた。

＜＜１ 　　　　３＞＞

『Smile!』２　＜　小説index　＜　Home