天国の事情－ファイル1-2

『天国の事情』
ファイル１・パートナーの事情 　　　＜＜１　　　　３＞＞

　２

「どこ行く気だよ？」
「まぁ、いーから、いーから」

　オレは、海を連れて桜守神社の中へと入った。
　といっても、お参りするわけでもなく、社の横を通過して、裏の林へと向かっていた。

「おっ、あったあった」

　林に入ってすぐ。
　オレは小さな祠の前で立ち止まった。
「この祠がどうかしたのか？」
　海がけげんそうな顔をする。
「……この祠、つい最近、修理したみたいだな」
　オレは祠を見つめてつぶやいた。
「えっ？」
「ほれ、ここ。ここだけ木が妙に新しい」
　オレは祠の屋根の一部を指さした。
「本当だ」

　―――その時。

「コラッ！そこで何してるっ!!」

　そんな怒鳴り声が聞こえて、オレ達はあわてて後ろを振り向いた。
　そこには、神主らしき男の人が立っていた。
「あっ、すんません。祠を見させていただいてたんです」
　オレは神主に答えた。
「この祠を？」
「ええ」
　オレはうなずいた。
　すると神主は穏やかな顔になった。
「そうだったんですか。すみません。つい二週間ほど前、泥棒が出たものですから」
「泥棒、ですか？」
　海が神主に聞き返す。
「はい。この祠、直したあとがありますでしょう？これは、泥棒が逃げる時に壊したんですよ」
「それは、それは……」
「でも、結局は何も盗まれなかったんですよ。……というより、逃げる途中で置いていってしまったようで。盗品は皆、ここに残されていたんですよ」
　神主はそういって祠の横を指さした。
「ここに、ですか？」
　オレは神主に聞き返す。
「ええ」
　神主はうなずいた。
「………」
「どうした？真希」
　急に考え込んでしまったオレに、海がけげんそうにたずねた。
「……いや。それより、あのー、この祠のいわれって、何なんですか？」
　オレは神主にたずねた。
「これですか？これは、怨霊を封印していると伝えられている祠なんですよ」
「怨霊？」
　オレは聞き返した。
「はい。――今から千年も昔のことです。この辺りに“桜木”と名乗る大悪党がいたそうです。窃盗・放火・強姦・人殺し……悪の限りを尽した男だったそうでして。どうにか捕まえて討ち首にしたのですが、桜木は怨霊となり、再び大暴れをしましてね。そこで人々は霊能者に頼み、桜木の霊を鎮め、ここに封印したそうです。そして、その封印を守るために作られたのが、この桜守神社というわけです」
「へー、そうなんですか」
　海は感心してうなずいた。
「………」
　オレはというと、何もいわず、ただその祠を見つめていた。

「なぁ、『怨霊桜木』って、葵のことと何か関係があるのか？」

　神主と別れて、オレ達は今、桜守神社の境内の階段にいた。
　ちょうど日が当たっていて、ぽかぽかしてて気持ちいい。
　オレは階段に腰かけていた。
「そーだなぁー……」
　ふわぁ。
　オレは大あくびをした。
「ったくぅ。本っ当、頼りないな、あんたは。そんなんだから、パートナーできないんだろ」
　海はあきれ顔でオレをにらんだ。
「それ、倶生(くしょ)ちゃん達にもいわれたな」
　ポリポリ。
　オレは顔をかいた。
「どーしようもないヤツだなぁ。本当にバスターかよ」
　オレの様子に、ため息まじりにいう海。
「ははは……」
　オレは苦笑いを浮かべた。
「ったく、しょうがないなぁ。それじゃ、また聞き込みを続けるか」
　海はそういって階段を降りようとした。
「えーっ、オレ、寝てたいなぁ」
　オレがそういうと。
「あ・の・なぁ～～っ」
　ぐぐ……っ。
　海は握り拳をつくって。
　キッ。
　オレをにらんだ。
　う……う……こわーっ。
「ま……っ、まぁまぁ。冗談ですよぉ、ジョーダンっ」
　ははっ。
　オレは苦笑いを浮かべる。
「ったく。このヤローっ」
「いやね。オレはただ、聞き込みなんかしてもムダだろーなーと思ってさぁ」
「何でだよ？」
　海はけげんそうなカオをした。
「なぁ、“神隠し”事件って、知ってるか？」
「“神隠し”事件？」
「この辺でここ二週間、行方不明になった人が２人もいるんだと」
「葵もその“神隠し”に遭ったっていうのか!?」
　海が驚いてオレを見た。
「確証はないがね。だけど、状況がよく似てるんだ。このあたりまでの行方は確認できたけど、そこから先は、誰も何も見てない。見つかったのは彼らが持っていたと思われるカバンぐらいでね。警察も手をこまねいているそうだ」
「それって、葵と一緒……」
「まっ、そういうコト」
　オレは手を頭の後ろで組んだ。
「ふーん……しかし、よくそんなこと知ってんな。地上のことなのに」
「事件という事件は、みーんなインプットしてあんの。過去10年分くらいはね」
「うそだろぉッ!?」
　海は驚いたカオをした。
「ダテにバスターやってるワケじゃないってコト」
　ニヤッ。
　オレは笑みを浮かべた。
「……と、いうワケで、海。この辺の地図持ってないか？ついでに何か書くモンもあるとうれしいけど」
「えっ？あっ、ああ。一応持ってるけど……」
　海はけげんそうな顔をしながらも、地図と赤ペンを差し出した。
「サンキュ」
　オレは地図と赤ペンを受け取った。
「ちとこの地図に書き込んでもいいか？」
「別にいいけど……何をする気だ？」
　バサッ。
　オレは階段の上に地図を広げた。
「まず、ここが今オレ達のいる桜守神社だな？」
　キュウッ。
　オレは赤ペンで桜守神社にマルをつけた。
「ああ」
「それで、ここが松本葵の携帯が見つかった地点」
　キュッ、キュッ。
　オレは地図にバツ印をつけた。
「そんでもって、例の“神隠し”に遭った２人の遺留品が発見されたのが、ここと……ここだ」
　キュッ、キュッ、キュッ、キュッ。
　オレはさっきと同じようにバツをつけた。
「それでもってぇ、だ」
　キューッ。
　オレは桜守神社を中心に円を描いた。
「あ……ッ」
　海が驚いて声を上げた。
　ニヤッ。
　オレは笑みを浮かべる。
「この円は桜守神社から半径１㎞の線だ。この３つのバツ、すべてこの円の中に入ってるだろ？」
「てことは、もしかして……っ」
　海がはっとした顔でオレのほうを見た。
「ああ。この事件、怨霊桜木が絡んでるぜ」
　オレはうなずいていった。
「オレがこの神社を調べたワケは、かすかだが、ここから霊気が感じられたからだ。しかし、祠の中に怨霊のいる気配はまったくなかった」
「何……？」
「神主がいってたろ？泥棒が祠を壊したって。おそらくその時に封印が解けちまったんだろう。二週間前だって話だから、“神隠し”が始まった頃とちょうど重なる」
「あ……っ」
「封印を解かれたヤツは、長い間封印されていたおかげで、霊力(ちから)が弱くなっていた。“神隠し”の真相は、おそらくヤツが霊力を補うために人間を吸収したってところだろう。神社で盗まれたものが祠の横に残されてたってのも、泥棒が桜木に吸収されちまったせいさ」
「え……それじゃ葵は……っ」
「悪いが、もう手遅れ、だな」
「そんな……ッ」
　海は呆然とした顔つきになった。
　無理もない、か。
　しかし、今はそれどころではない。
「天上人っていうのは、人間に比べて霊力(ちから)が強い。葵を吸収したことで、おそらくヤツの霊力は一気に強くなった。このままヤツを放っといたら、ヤバイことになる。ほうけてる場合じゃないぜ。……それとも、この件から手を引くか？」
　オレがそういうと。
　海はギュッと唇をかみしめた。
「……冗談じゃない。このまま放っておけるかよ」
　キッ。
　海はオレを見た。
　海の瞳は、最初に会った時と同じように強く輝いている。
　―――たいしたヤツだな。
「おし。それじゃぁ……」
　ふわぁ。
　オレはあくびをした。
「へっ？」
　海がヘンなカオでオレを見る。
「昼寝でもすっかな」
「はぁ!?」
　ゴロン。
　オレは海を尻目に階段に横になった。
「ちょっと待てーッ!!」
　ガシッ。
　海はオレのジャケットの襟をつかむ。
「うおっ!?」
「あのなーッ、今自分がいったことと矛盾してるじゃないかっ!!お前、今、このまま放っておくとヤバイことになるって―――」
「まぁ、ちょっと待てや」
　オレは海の言葉をさえぎって、周囲を見回した。
　―――来たな。
「どうかしたのか？」
　海がけげんそうにたずねる。
　オレは海の手を引き離していった。
「なぁ。おたく、空、飛べるよな？」
「えっ、あっ、ああ。それくらいはできるけど……」
「よかった。そんじゃ、行くぞ」
「え……ッ!?」
　グイッ。
　オレは海の腕を引っ張って宙に浮かび上がった。

　その瞬間。

　ゴーッ！

　突然。
　オレ達がさっきまでいた階段が“闇”に包まれた。

「な……っ、なんだよ、これッ!?」
　海が驚いたカオをする。
　フッ。
　オレは笑みを浮かべた。
「ついに現れたな、桜木ッ！」
「え……なんだって……!?」
　“闇”の向こうにかすかに人影が見える。
　霊気を感じる。
　間違いない。
　桜木だ。
「どういうことだよ!?俺達の前に桜木が現れるなんて!!」
「おびきよせたんだよ。ワザとここにとどまってね」
「え、じゃあ、おい。さっきお前が動こうとしなかったのは……っ」
「コイツが人間より強いオレ達の霊力をかぎつけて、ここに来るのを待ってたってワケ」
　オレは海にそう答えると、桜木のほうを見た。
　“闇”は消えて、桜木が完全に姿を現している。
　昔の山賊風の格好をした大男だ。
　左目には眼帯をつけている。
　なんか、いかにもってカンジだな、コイツ。

「俺様に気づいた上、空まで飛べるとは、貴様ら何者だ？」
　ジロリ。
　桜木はオレ達をにらんだ。
「さぁてね。知らなくてもいいんじゃない？」
　オレがそう答えると。
　桜木は不敵な笑みを浮かべた。
「フッ……それもそうだな。どうせ俺様に吸収されるんだからなぁーッ」

　桜木は手をのばすと。
　ゴーッ！
　オレ達に向かって“闇”を発した。

「海ッ!!」
「うわッ!?」

　グイッ。
　オレは海の腕を引っ張る。
「ぼやぼやしてるなっ。あれに捕まったら最期、吸収されちまうぞッ」
「あっ……ああっ」
　海はあわててうなずいた。
「ちィッ。すばしっこいヤツラめ」
　桜木はいまいましそうにいった。
「海ッ！ちゃんとオレについてこいよッ」
「あっ、ああっ」
　オレと海は神社裏の林のほうへと飛び出した。

「貴様ら、待ちやがれッ！」

　桜木が林の中を追いかけてくる。
　オレ達はスピードを上げた。

「どこ行く気だよ!?」
「ドンパチやっても人目につかないところさ。……この辺なら大丈夫だな」
　タンッ。
　オレは下に降りた。
　海も下に降りる。
　桜木もオレ達に追いついて、オレ達の前に降りた。
「さて……覚悟してもらおうか」
　ニヤリ。
　桜木は不気味な笑みを浮かべる。
「……海。コレ持って後ろに下がってな」
　オレは海に結界符を差し出した。
「しかし……ッ」
「お前の霊力(ちから)じゃ、コイツにゃかなわんよ。オレにまかせな。仇はちゃんととってやる」
　にっ。
　オレは海に笑みを向けた。
「……わかった」
　海は呪符を受け取ると、後ろへ下がった。
「まずは、貴様が相手か」
「まぁね。さっ、始めましょ」
　オレは前に出た。
「よかろう。どっちにしろ、貴様ら２人とも、俺様に吸収されるんだからなッ」

　チャリ……ッ。
　桜木はナイフを取り出して。
　ピュッ！
　オレに向かってナイフを投げた。
　バッ。
　オレはナイフをよける。
　タンタンタンッ。
　ナイフはオレが元いた位置に突き刺さった。

「あらぁ。飛び道具も持ってんじゃなぁい」
「フンッ。コレですぐに貴様をしとめてやる」

　クイッ。
　桜木が手を動かすと。
　フワ……ッ。
　地面に突き刺さっていたナイフが宙に浮いた。
　そして。

「覚悟ッ！」

　ピュッ！
　ナイフが再び一斉にオレに向かってくる。
　それをかわすと。
　ピュピュピュッ！
　桜木はオレが体勢を立て直す前に、さらに新たなナイフを投げた。

「おおッとぉ」

　フワッ。
　オレは宙に飛び上がる。
　タンタンタンッ！
　ナイフはオレの後ろの木に突き刺さった。

「ヘタだなぁ。どーこ狙ってんだよ」

　タンッ。
　オレは地面に着地した。

「何をッ、貴様ァッ！」

　ピュッ！
　あちこちに散らばっていたナイフが一斉にオレに襲いかかる。

「いいか。飛び道具っていうのは、こう使うんだよッ」

　オレはすべてのナイフをかわすと。

「破邪符(はじゃふ)ッ！」

　ヒュッ！
　オレは懐から呪符(フダ)を取り出して、すばやく桜木に向けて投げた。

　ドオンッ！

「うオーッ！」

　破邪符がヒットして、桜木は吹っ飛んだ。

「そ……っ、そんな……バカな……っ」

　桜木はそう言い残すと。
　サァ――ッ。
　消えていってしまった。

「怨霊桜木敗れたり」

「桜木は……？」
　海がオレのそばにやってきた。
「消滅したよ。これでもう二度とこの世に現れることはない」
「すごいな。たった呪符一枚で」
　海は感心したようにいう。
「まっ、こんなのは序の口さね」
　にっ。
　オレは笑った。
「ふーん……さすがだな。天原真希―――ダーク・エンジェル」
「―――！」
　オレは驚いて海を見た。

　『ダーク・エンジェル』
　それは、その道でのオレの通り名だ。
　その道の連中には、知れた名前である。
　しかし、それがオレのことだと知る者は数少ない。
　なのになぜコイツは知ってるんだ……？

「……何者だ、お前」
　オレは警戒しながら海にたずねる。
「まーまー。そう怖い顔するなよ。いったろ？俺は『森村海』だって」
　海は苦笑いを浮かべながらいった。
「それはわかってる。オレが聞いてるのは―――……って、え……？」
　オレはあることに気づいてはっとした。
「ちょっと待てよ。『森村』……って、もしかして……っ」
　オレがそういうと。
　海はにっと笑って。

「そう。地天庁治安部地上治安課課長、森村英里の息子さ」
「えーッ!?」

　コイツが……海が……
　課長の息子!?
　―――そういや、ちょっと待てよ。
　オレが地上に行く時の、
　課長のあの『ニヤリ』って、もしかして。
　コレのことだったのかぁーッ!?
　自分の息子が地上で勝手に捜査してるの知ってて。
　だけど、それを知らんぷりしてオレに仕事まかせて。
　オレに面倒を押しつけたんだッ！

「ちくしょーッ！課長にはめられたァッ!!」

　オレの悲痛な叫び声は。
　桜守神社裏の林に。
　悲しいくらい響きわたったのであった。
　ちっくしょォッ！

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