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『天国の事情』 ファイル２・親友の事情 ＜＜１ ３＞＞ |
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２ 「………」 オレは思う。 世の中には２種類の人種があると。 金持ちと貧乏人。 「ちくしょーッ！なぁんでこんなに塀が長いんだーッ!!」 オレと海は、病院の前で二手に分かれた。 それでオレは、河井紗智の家へ向かったワケだけど……。 住所は確かにここだ。 しかし、入口がない。 どこまで行っても塀ばかり。 なんつー広い家だよ!? オレなんか狭くてボロい安アパートに住んでるっつーに、もう……。 給料だって、こーんな危険な仕事してんのに、すんげー安いし。 あー、だんだんイヤんなってきた……。 ―――と、その時。 「きゃッ!!」 「うわッ!?」 突然、塀の上から何かが降ってきて。 オレは反射的にそれを受け止めた。 なっ、なぁんだあ!? 「ったく。なんなんだよ、おたくはあ」 オレは受け止めたそれを降ろす。 「ご……っ、ごめんなさいッ！」 それはボブヘアの結構かわいい14、５歳の女の子だった。 しかし。 ……彼女のこの違和感は……。 と、その時。 「お嬢様ッ!?」 塀の向こうで叫び声に近い声が聞こえてきた。 「やばっ」 少女はその声を聞いてはっとすると。 「しっ、失礼します!!」 あっというまに向かいの路地の方へ消えていってしまった。 「なんなんだよ、一体……」 オレは呆然と彼女の消えた路地を見つめていたが。 向こうの方からなにやらあわただしい気配を感じて振り返った。 スーツ姿の男が２、３人、こちらに走ってきていた。 「お嬢さまーッ」 ……ははーん。 さっきの子を追いかけてきたのか。 「あっ、あのっ、肩ぐらいの髪の、中学生くらいの女の子を見ませんでしたか!?」 男の1人がオレに声をかけてきた。 「ああ、その子なら……あっちにあっというまに消えていきましたケド」 オレはそういって、オレがもと来た道を指差した。 「そうですか。ありがとうございます。行くぞ！」 男は礼をいうと、他の男達と一緒にあっというまにオレの指差したほうへ走り去っていった。 「……頑張ってねー」 ひらひら。 にやっ。 オレは男達を見送った。 「さて、と」 オレは男達が見えなくなると、彼女が向かった路地の方へ歩き出した。 「みーつけた」 ポンッ。 オレは人影の肩をたたく。 「きゃッ!?」 彼女はおどろいた顔で振り返った。 彼女は例の路地からほどなくの公園の茂みに隠れていた。 「こんなところでかくれんぼかい？お嬢さん」 「あっ、あなたは……」 「おたくを追いかけてた男達はオレがウソ教えたから、しばらく来ないよ。安心しな」 にっ。 オレは笑みを浮かべていう。 「ど、どういうこと？」 彼女は怪訝そうな顔をした。 「なんかさっき、追われてたみたいだからね。ちと人助けでも、と思って」 「そっ、それはどうも……」 彼女は戸惑いながらもオレに礼をいった。 「基本的にはオレ、かわいい子は助ける主義なの」 にやっ。 オレは笑った。 「あっ、あなた、一体……」 「オレ？オレは通りすがりの通行人だよ。おたくこそ、なんで塀から降って来るんだい？河井紗智さん」 「な……ッ!?」 彼女はおどろいた顔をした。 そう。 この子こそ、河井紗智、その人だったのである。 「おたく、有名人だからね。だめだよ、社長令嬢がこんなとこ出歩いてちゃ」 「ほっ、放っといてよっ！どこの誰だか知らないけど、助けてくれてありがとう。わたし急いでるからっ」 紗智はそういうと、この場から立ち去ろうとした。 「おっと。つれないなあ」 オレは紗智の前に立ちはだかった。 「なっ、なによ」 「せっかく助けてあげたんだから、お茶ぐらいおごってくれてもよくない？」 にやっ。 オレは笑みを浮かべた。 「そっ、それは……そうかもしれないけど……」 紗智は戸惑った表情をした。 「だろ？そうときまれば行こうぜ」 オレは紗智をうながし、歩き出した。 「ちょっ、ちょっと……っ」 ―――と、その時。 ガクッ！ 「う……ッ！」 紗智は突然倒れてしまった。 「大丈夫かっ!?」 オレはあわてて紗智を抱きとめる。 「―――」 軽く揺するが、反応がない。 しかし……呼吸は、ある。 まさか……連続呪殺犯のしわざか……？ ―――いや、周囲にそれらしい気配はない。 ただの貧血のようだ。 「………」 腕の中の紗智を改めて見つめる。 ……まさか、こんなところで出くわすとは思わなかった。 しかし……彼女に感じる、この違和感……。 彼女、もしかして―――ん？ 紗智の胸元に何かがあるのに気づいた。 オレはそっと紗智の服をめくる。 「―――！」 こっ、これは……っ。 『怨』 そう一文字。 紗智の胸元に刻まれていたのであった。 「………」 フゥ。 オレはため息をついて資料を閉じた。 ここは、地天庁内にある医務室。 とりあえずオレは、紗智を地天庁に連れてきたのであった。 オレは資料を近くの机の上に置いて、ベッドの上の紗智を見つめる。 オレの隣では、海と倶生(くしょ)ちゃん兄（注・確認済み）も紗智の様子をうかがっていた。 「真希、これはどういうことだよ？」 海がオレにたずねる。 「どうして寿命前の彼女が鬼籍(きせき)に載ってるんだ？それも３日前にだ。その上、それにもかかわらず、彼女はまだ死んではいない。一体どういうことなんだよ？」 鬼籍とは、地天庁管理部召喚課が管理している、死者の名前を記した帳簿のことだ。 海に頼んで調べてもらった河井紗智に関する資料に確かに書いてあった。 『６月20日、鬼籍記載』、と。 ―――なるほど、ね。 「これ、見てみな」 オレはそういって、紗智の服をめくった。 「これは……っ」 「呪咀痕(じゅそこん)じゃないですか!?」 海と倶生ちゃん兄が紗智の胸元を見て、目を丸くした。 『怨』 彼女の胸元に刻まれたこの文字。 彼女が今、呪咀されているという証拠である。 「つまり、６月20日に死ぬように呪咀されてたってワケか」 「しかし、どうして彼女、３日前に死ななかったんです？」 「そりゃあ、おそらく『彼女』は『彼女じゃない』からさ」 オレは紗智の服を戻しながらいった。 「へ？」 「真希、そりゃどういう―――」 「ちょっと待て」 オレは海の言葉をさえぎった。 「……ん……」 ゆっくりと彼女の目が開く。 どうやら気がついたようだ。 「気がついたか？」 オレは紗智に声をかける。 「あ……あなたは……」 紗智はゆっくりと起き上がった。 「びっくりしたよ。突然倒れたから」 「ここは、一体……」 紗智はあたりを見回した。 「天上界の地天庁っていうところさ」 「え……っ!?」 オレのコトバに紗智は驚きの表情を浮かべる。 そして。 ガシッ。 オレの腕をつかんで、こういった。 「『紗智ちゃん』は、死んじゃったの!?」 「えぇっ!?」 「はぁっ!?」 海と倶生ちゃん兄が目を丸くした。 オレはそんな２人を横目に彼女に答える。 「大丈夫。彼女はまだ生きてるよ。『山内美咲』さん」 「何ィ!?」 「真希さん!?」 海と倶生ちゃん兄がオレに疑問を投げかけた。 「さっきいったろ？『紗智(彼女)は紗智(彼女)じゃない』って」 にっ。 オレは２人に笑みを向けた。 「あの……あなた達は一体……」 紗智、いや美咲はオレ達を見ていった。 「オレ達はここ、地天庁の地上治安課のバスターさ」 「バスター？」 「様々な霊的トラブルを処理するのが仕事でね。オレ達は今、東京で起きた連続呪殺事件を担当してるんだ。そう、君も巻き込まれたね。……どうして河井紗智に乗り移ったのか、話してくれないか？」 「………」 美咲はうつむいて唇をかみしめた。 そして、何かを決意したかのように顔をあげてオレ達を見ると、口を開いた。 「あたし……見ちゃったんです。紗智ちゃんに誰かが呪いをかけてるところ」 「え……っ!?」 「何だって……？」 オレと海、そして倶生ちゃん兄は驚いて美咲を見つめた。 「あれは、あたしが死ぬ直前の夜のことです。トイレに行った帰り、誰かが紗智ちゃんの病室に入ってくのが見えて、それでなんだか気になって、こっそりのぞいたんです。そしたら、誰かが紗智ちゃんに呪文みたいなのを唱えてて。あたし、怖くて動くこともできずにただただ見ていたんです。そしたらすぐに気づかれて……あたしに向かって手をかざして何かいったと思ったら、突然息が苦しくなって、そのまま……」 美咲はそういうと、うつむいてしまった。 「口封じ、か」 「それで君だけ殺された状況が違ってたワケだ。……それで、犯人の顔は？」 オレがたずねると。 美咲はゆっくりと首を振った。 「思い出せないんです。思い出そうとすればするほど混乱しちゃって……」 「そっか」 これは、どうやら記憶操作されてるらしい。 そんなことまでできるのか、犯人は。 「……だけど……」 美咲が何か思い出したように口を開いた。 「何？」 「白衣……着てたような……」 「白衣？」 オレは美咲に聞き返す。 「はい……」 美咲はゆっくりとうなずいた。 白衣―――か。 オレはふと。 病院でぶつかった、あの医者のことを思い出した。 ―――……。 あの時。 妙な寒気がしたんだよな……。 「真希？」 急に黙ってしまったオレにけげんそうにたずねる海。 「……いや。なんでもない」 オレは首を振った。 断定には、まだ早いよな。 「それで、いつ紗智に乗り移ったんだい？」 オレは美咲にたずねる。 「死んですぐです。気がついたら、紗智ちゃんの病室にいました。あたし、紗智ちゃんが気になって、眠ってる彼女に近寄ったんです。そしたら、胸元に『怨』って字が見えて……」 美咲は胸元をおさえた。 そして続ける。 「それであたし、『紗智ちゃんを助けなきゃ』って、そう強く思ったら、いつの間にか紗智ちゃんの"中"にいたんです」 「そっか」 オレはうなずいた。 なるほどね。 『友達を助けたい』 その想いが"力"を呼び起こしたってわけだ。 「お願いですっ。紗智ちゃんを助けてくださいッ。紗智ちゃんは、初めてできた、あたしの親友なんですっ」 「初めてできた……？」 海が美咲にたずねる。 美咲は、海の言葉にゆっくりとうなずいた。 「……あたし、生まれつき心臓が悪くて、ほとんど病院暮らしでした。お母さんはあたしが小さい時に死んじゃったし、お父さんは忙しい人だったから、お見舞いになんてめったに来なかった。友達もいなかったから、いつもあたし１人で……ずっと……ずっと寂しかった……」 美咲はそういって窓の外を眺めた。 そして続ける。 「でも、紗智ちゃんが入院してきて……あたし達、よく似てた。性格も境遇も。だから仲良くなれた。紗智ちゃんのおかげで、寂しかった入院生活が楽しくなった。たった14年間の命だったけど、紗智ちゃんのおかげで幸せになれたのっ。だから、紗智ちゃんには、生きて幸せになってもらいたいのっ」 「………」 オレ達を見つめる美咲の瞳。 自分の恨みからではなく、ただ親友のために。 そんな想いが強く伝わってきた。 何よりも強い、純粋な想いだ。 「それで……紗智ちゃんを守るために、犯人を探そうと思って外に出ようとしたんだけど、なかなか紗智ちゃんの家の人たち、自由にしてくれなくて……」 「なるほど。それでオレに遭遇したわけだ」 塀から彼女が降ってきたのは、どうにか家を抜け出そうとしてのことだったというわけだ。 「はい……」 美咲は恥ずかしそうな顔をした。 「ったく。シロートが犯人探しなんて危ないマネするなよな。紗智までが死ぬようなことになったら、元も子もないだろーが」 ふう。 オレはため息をついた。 「……ごめんなさい……」 オレの言葉に、美咲はしゅんとしてうつむいてしまった。 オレはそんな美咲を見つめて、ふっと、笑みを浮かべると。 「安心しな。犯人はオレ達が捕まえる。絶対にな」 ぽんっ。 オレは美咲の頭に軽く手を置いた。 「あっ、ありがとうございますっ。お願いしますっ！」 美咲はオレ達に明るい顔を向けた。 「そんじゃ、倶生ちゃん兄、美咲を頼んだぞ」 オレはイスから立ち上がって、机の上に置いていた資料を持った。 「はい。わかりました」 倶生ちゃん兄はうなずいた。 「んじゃ、海」 「ああ」 海がうなずく。 「美咲。事件が解決したら、例のお茶、おごってな」 にッ。 オレは美咲に笑顔を向けると。 海と２人、医務室を後にした。 「……もって数日だな」 廊下を歩きながらオレはつぶやく。 「え？」 「数日のうちに犯人を見つけて呪咀を解かないと、紗智は死んでしまう」 「なんだって!?」 海が驚いてオレを見た。 「彼女が倒れたのは、体の呪咀がかなり進行しているからだ。……まっ、もっとも、美咲が乗り移らなきゃ、３日前にとっくに死んでたんだ。不幸中の幸い、といったところかな」 「え……？どういうことだよ？」 海は怪訝そうな顔をした。 「美咲が乗り移ったことで、紗智の魂は"眠り"に入った。そのおかげで魂にかけられた呪咀が一時停止したんだ」 「それじゃ、呪咀が進行するってことはないんじゃないか？」 「いや」 オレは首を振る。 「一時停止したのは、あくまでも魂にかけられた呪咀だ。人の命を奪う呪咀っていうのは、肉体と魂の両方にかけるものなんだ。だから、たとえ魂のほうの呪咀が停止していても、肉体が生きている限りは、呪咀は続いてるのさ」 ふう。 オレはため息をついた。 「てことは、急いで犯人を見つけ出さないとヤバイってことか？」 「そういうこと。呪咀はかけた本人にしか解けないからな」 オレはうなずいた。 「しかも、紗智にかけられたのは『怨』の呪詛だ。これは強い恨みを持ったときに使われるかなり強力なもの……呪詛をかけたヤツにかなりの霊力(ちから)がないとかけることが出来ない呪詛だ。犯人はかなりの強敵と見たほうがいい」 「そうか……」 海は唇を噛んでうなずいた。 「それで、どうするよ？これから」 「そうだな―――……」 オレは手を頭の後ろで組んだ。 殺されたのは、美咲をのぞいて、皆、会社社長の子息令嬢。 かつて東都大付属病院に入院していた。 その他の共通点は、今のところナシ。 犯人は何のために呪咀で殺した？ 被害者は８歳から15歳までの子供。 誰かに恨まれていたとは思えない。 しかし――― 紗智の体に刻まれた、呪咀痕。 『怨』 誰かに依頼されての呪詛であれば、『呪』の呪詛であるハズ。 『怨』の呪詛は、呪詛をかける本人が強い恨みを持っていない限りは不可能な呪詛だ。 どういうことなんだろう……。 「まずは、美咲がいってた"白衣"の確認をするか」 「……そうだな」 "白衣"―――か。 病院でぶつかった、あの医者の顔がよぎる。 『神田』とかいったっけ。 確か外科医で―――って、あれ？ 「ん？真希？どうした？」 急に立ち止まったオレをけげんそうに見る海。 「えっ、あっ、いや、ちょっと……」 何か……ひっかかる。 外科医――― 東都大付属病院――― 何だろう。 どこかで何か…… えっと――― 「あ……っ、思い出したッ」 「えっ？なっ、なんだよ、一体」 海が困惑してたずねる。 そんな海にオレはにっと笑って。 「ちょっと地上までお茶しに行かない？」 「はぁ!?」 海の顔がますます困惑したのは、いうまでもない。 |
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