天国の事情－ファイル2-3

『天国の事情』
ファイル２・親友の事情 　　　＜＜２　　　　４＞＞

　３

「お茶するって……ここでか!?」

　海は目の前に立つ建物を見上げていった。
　ここは、千代田区桜田門。
　そう。
　つまりは、警視庁である。

「そだよ」
　オレは海に軽く答える。
「そ……そだよって、お前、ここはお茶飲むところじゃないだろぉ!?それに今はお茶なんて飲むヒマ……っ」
「まっ、いーから、いーから」
　オレはそういうと、正面玄関に向かった。
「おっ、おい、待てよっ」
　海もあわててオレの後を追った。

　オレが海を連れて向かったのは、
　警視庁刑事部特別捜査課、
　つまり特捜課であった。
　オレは当たり前のような顔をして中へ入っていった。

「おー、真希じゃないか」
　１人の刑事がオレ達に気がついて声をあげた。
「いやっほー、室町さん」
　オレは軽く右手をあげて応える。
「何しに来たんだよ」
　室町さんはオレ達のほうにやって来た。
　20代後半のどこにでもいそうなお兄さんといった風体の人だ。
　一応背広を着てはいるが、どこか軽そうに見えてしまう。
「お茶飲みに来たんだよ」
　にっ。
　オレは笑う。
「"お茶"ねぇ」
　室町さんはイミありげにオレを見た。
「おいっ、真希っ」
　ツンツン。
　海がひじでオレをつつく。
「この人、誰だよ？」
「この人はオレの友達の室町圭介。まだ27歳だけど、この若さで特捜課課長をしている警視だ」
「よろしく」
　室町さんは会釈した。
「で、こっちがオレのパートナーの森村海」
「どうも」
　海も会釈した。
「へー。こんな真希にもついにパートナーができたか」
「こんなって何だよ、こんなって」
　オレは苦笑いを浮かべた。
「気にするなよ。……まっ、とにかくあっちに行こうか」
　室町さんはオレ達をうながして歩き出す。
　オレ達も後に続いた。

「で、用件は何だ？」

　コトッ。
　室町さんはオレ達の前に麦茶を置く。
　ここは資料室。
　特捜課内にある、ぐるりと本棚に囲まれた部屋だ。

「何って……お茶飲みに」
　オレはコップを手に取ると、一口、麦茶を飲んだ。
「それだけじゃないだろ？」
　じっ。
　室町さんはオレを見た。
「やっぱ、わかる？」
「何年お前と付き合ってると思ってんだよ」
　フッ。
　室町さんは笑みを浮かべた。
「３ヵ月前のことなんだけどさ。東都大付属病院で殺しがあったっしょ？」
「えっ？」
　海は驚いて声を上げた。
「外科主任がな、病院内で何者かに殺されたのさ。心臓をメスで貫かれてな」
「へー……」
「しかもな、貫かれた後、抉られていたそうだ」
「えっ!?」
　海がギョッとした顔をした。
「で、この事件、担当した？」
　オレは室町さんにたずねた。
「まぁね。……その情報を流してほしいと？」
「そゆこと」
　オレはうなずいた。
「教えてやってもいいけど、貸し１だな」
　ニヤッと室町さんは笑った。
「ちょっと待てよっ。室町さんこそ、オレに借りがあるハズじゃねーかっ。こないだのヤツ！」
「何のことかな？」
　しらじらしい態度の室町さん。
「１ヵ月前の行方不明事件の件だよっ」
　きっ。
　オレは室町さんをにらんだ。
「えっ？１ヵ月前って、もしかして『怨霊桜木』のヤツのことか？」
　海がオレにたずねた。
「そっ。桜木に吸収されちまったから、遺体なんて本当はないんだけど、それじゃ遺族がかわいそうだからって、オレが幻影符使って遺体をつくったんだよ」
「はー」
「そんで犯人も身元不明のまま死亡ってカタチにしてさ。自分はほとんど何もしてねークセに手柄を自分のモノにしやがって。それを忘れたとはいわせねーぞ、室町さんッ」
　キッ。
　オレは室町さんをにらみつける。
「そんなこともあったかなー」
　室町さんは顔をそむけた。
「ったく。毎度毎度ヒトを利用しやがって」
「そのかわり、お前が地上で暴れた後始末はしてやってるじゃないか」
「手柄を自分のモノにしてんだ。当然だろ？」
　オレは腕を組む。
「はいはいっと」
　室町さんは苦笑いをした。
「それで？犯人はまだ捕まってないんだろ？」
　オレは室町さんにたずねる。
「ああ。何しろ手がかりがほとんどなくてな」
「容疑者もいないワケ？」
　オレがそうたずねると。
　室町さんはゆっくりと首を振った。
「ダメだね。……ただこの事件のおかげで起きたことが１つ」
「何？」
「贈収賄事件がうやむやになったのさ」
　フウ。
　室町さんはため息をついた。
「何だよ、それ？」
　オレは室町さんの顔を見る。
「ガイシャは金持ち連中の手術を優先的に行うかわりに、高額な賄賂を受け取ってたらしいんだ。それで一般患者は後回し。中には手遅れになった人もいたらしいんだが……これですべては闇の中、さ」
「ふーん……」
　オレはひじをついた。
　贈収賄事件ねぇ……。
「……贈収賄事件の資料、見せてくんない？」
「ああ。ちょっと待ってろ」
　室町さんはそういうと、立ち上がって本棚の中からファイルを取り出した。
「ホラ」
「サンキュ」
　オレは室町さんからファイルを受け取る。
　そして、パラッ。
　ファイルを開いた。
「……海。呪殺事件のほうの資料、見せてくれ」
　オレはファイルを見ながら海にいう。
「ん？ああ」
　海はオレにいわれて、机の上に資料を出した。
　オレは、それとファイルを見比べる。
「ふーん……」
「どうしたんだよ？」
　海がけげんそうな顔でオレを見た。
「海、これ見てみ」
　オレは海にファイルと資料を差し出した。
「え……？―――あっ！」
　海が驚いてオレの顔を見る。
　オレはゆっくりとうなずいた。
「賄賂を払ったと思われる人物の中に、美咲をのぞく呪殺事件の被害者の親が全員含まれてる。紗智の親もだ」
「これが被害者の共通点だったのか……」
　海はファイルと資料を見比べた。
「真希。今回は呪殺事件を追ってるってワケか」
「まぁね。おかげで事件解決の糸口がつかめた。礼をいうよ」
「いやいや。たいしたことじゃないさ」
　室町さんはそういうと。
　ニヤリ。
　オレは彼が笑ったのを見逃さなかった。
　なぁんか。
　また利用されそうだ……。

「神田俊彦、29歳。国立東都大学付属病院外科医、か」

　カチッ。
　倶生(くしょ)ちゃん妹がマウスをクリックする。
　―――次の日。
　オレは霊界図書館にいた。
　どうしても例の医者のことが気になったからである。

　きのう、あれから。
　オレは海と再び東都大病院へいって、美咲が見た"白衣"について調べた。
　しかし、収穫はなし。
　美咲を地上に帰して、きのうが終わったのだった。

「すごいエリートですね。現役で東都大医学部に入学。トップで卒業して、そのまま付属病院に就職ですか」
　倶生ちゃん兄が感心していう。
「だなー。絵に描いたようなエリート」
　オレはひじをついて画面を見つめた。
「彼がどうかしたんですか？」
　倶生ちゃん妹がたずねる。
「ちょっとねー……。詳しい経歴、出せる？」
「ちょっと待っててください」
　カチッ。
　倶生ちゃん妹がマウスをクリックした。
　画面が変わってゆく。
「出ましたよ」
「………」
　倶生ちゃん妹にいわれて、オレと倶生ちゃん兄は画面をのぞいた。
「はー。苦労人ですねぇ。19歳の時に両親を交通事故で亡くして、１人で当時５歳の妹の面倒を見てますよ」
　感心していう倶生ちゃん兄。
「ふーん……」
　オレはざーっと画面をながめる。
　そして。
「―――ん！」
　オレはある事項に目が止まった。
「妹も亡くしてるんだ」
「本当だ。３ヵ月前に病死してますね」
　倶生ちゃん妹がそのところを指でたどった。
「………」
　３ヵ月前―――か。
　これは、もしかして―――

　と、その時だった。

　ブルブルブルッ。

　ジャケットのポケットの中の携帯電話が震えた。
　霊界図書館だからって、一応バイブにしておいたのだ。
　ピッ。
　オレは通話ボタンを押した。

「はい」
『もしもしッ、真希かッ!?』
　飛び込んできた海の声。
　緊迫してる。
　海は今朝から美咲についている。
　何かあったのかもしれない。
　オレは表情(かお)を引き締めた。
「海か？どうした？」
『美咲がいなくなったッ』
「何!?」
　ギュッ。
　オレは携帯を持つ手に力を入れた。
『すまんっ！ちょっと目を離したスキに……！』
「わかった。すぐ行く。今、どこだ？」
『紗智の中学校だ』
「わかった。それじゃ」
　ピッ。
　オレは電話を切った。

「………」

「真希さん？何だったんですか？」
　倶生ちゃん兄がオレにたずねる。
　オレはちらっと倶生ちゃん兄のほうを見て。

「犯人(ヤツ)が動き出したようだ」

　オレはパソコンの画面を見つめた。

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