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『天国の事情』 ファイル４・霊能探偵の事情 ＜＜２ ４＞＞ |
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３ 「あの……わざわざありがとうございました」 ペコッ。 綾子さんがオレ達に軽く頭を下げる。 ここは滝口綾子の住むアパートの前。 綾子さんの家は、同じ豊島区内にあった。 オレ達は彼女を家まで送っていったのだった。 「いや、別に。オレらはただ、泣いてる女性をほっとけなかっただけですから。なっ？」 オレは海に同意を求める。 「あっ、ああ。まぁな」 海は少し戸惑いながらうなずいた。 「すみません……」 綾子さんは軽く笑みを浮かべる。 そして。 フウ。 綾子さんはため息をついた。 その表情は、なんだかつらそうであった。 「―――綾子さん」 オレは綾子さんに声をかける。 「何ですか？」 綾子さんはオレのほうを見た。 「オレ達に、話してもらえませんか？」 「え……？」 綾子さんは少し驚いたような顔をした。 「あなたのその表情(かお)……何かつらいことがあるんじゃないですか？」 にこっ。 オレは笑みを浮かべた。 「それは……」 綾子さんは少し戸惑ったような顔をした。 「オレ達じゃ、力になれないことですかね？」 「………」 綾子さんは少し考えると。 「そういえば、あなた達、朝倉くん……朝月裕と同業者だっていってましたっけ」 「はい」 オレはうなずいた。 「お話……聞いてもらおうかしら」 「ぜひ」 オレは笑顔でいった。 「それじゃ、お二方とも家へ来ていただけますか？」 綾子さんはオレ達をうながす。 「はい」 オレ達は彼女の後を付いていった。 「実は……私と、私の婚約者だった公平、そして朝倉くん……朝月裕とは、大学時代の同級生だったんです」 綾子さんの家は、1人暮らしのわりには、若干広いように見えた。 それもそのはず。 もうすぐ結婚予定だった2人は、すでに同じ家に住んでいたそうだ。 オレ達は居間に案内されて。 麦茶を運んできた綾子さんはまずはそう話を切り出した。 「え……？」 オレと海は思わず綾子さんの顔を見る。 綾子さん達と、朝月裕が同級生だったって……？ 綾子さんはコップの縁を見つめていた。 「あの頃は、３人とも本当に仲が良くって……まさか、こんなことになるとは思わなかった」 「こんなこと、ですか……？」 オレがそうたずねると。 「………」 綾子さんは悲しそうな瞳をした。 ―――そして。 「公平は、テレビ局のディレクターでした……朝倉くんをテレビに引っ張り出した張本人は、彼だったんです」 なるほど。 朝月裕が有名になるきっかけを作ったのは、時田公平だったのか。 「じゃあ、"やらせ"をさせたのは……」 海が綾子さんにたずねる。 「……その話、ご存知なのですね。そうです。プロデューサーの命令だったそうですけど、彼が朝倉くんを朝月裕としてテレビに登場させたんです……」 ふう。 綾子さんはうつむき加減でため息をついた。 「公平は、ずっと気にしていた様です。"やらせ"をしてしまったことが。それで……私との結婚が迫ってきて、公平は彼なりに、そのことについてけじめをつけるつもりだったようです」 「けじめ、ですか？」 オレは聞き返す。 「はい。まずそのことについて何も知らなかった私に、すべてを話してくれました。そして、"やらせ"を視聴者に謝罪しようと、朝倉くんに持ち掛けに行ったのです……それが、２ヵ月くらい前、殺される少し前のことです……」 綾子さんはそういうと、麦茶を一口、口にした。 「持ち掛けに行った時は、朝倉くんに『少し考えさせてくれ』といわれてそうです。そして３日後に再び会う約束をして……約束通り、返事を聞くために、公平は朝倉くんの元へ向かいました。でも……ッ」 ギュッ。 綾子さんは強く手を握りしめた。 「……それが、６月14日、時田さんがなくなった日のこと、ですか？」 オレは綾子さんにたずねた。 「はい……公平はそのまま、帰ってはきませんでした……翌日……死体で見つかって……っ」 そこまでいうと、綾子さんは顔を覆ってしまった。 「その話は警察には？」 海はたずねた。 「しました」 綾子さんはゆっくりと顔を上げた。 「でも、警察が調べた結果、公平はその日、朝倉くんのところには行ってなかったそうです。おそらく、向かっている最中に事件の被害にあってしまったのではないか、とのことです。警察で朝倉くんを取り調べたそうですけど、何も出てこない上に、朝倉くんのまったく知らない人が次の週末に殺されて……結局朝倉くんは犯人ではない、と警察は判断したようです」 そう答えると。 綾子さんは再びうつむいてしまった。 「そうですか」 言葉少なになるオレ達。 つらそうな面持ちの綾子さんに、なんと言葉をかければよいのかわからなかった。 そんなオレ達に、綾子さんは続けた。 「公平が亡くなって……でも、朝倉くんはその後も霊能探偵として成功し続けました。"やらせ"などしなくても、彼には実力があった様で……それで、私、彼を殺した犯人を捜すよう朝倉くんに依頼しに行ったんです。でも……」 「でも？」 オレは綾子さんにたずねる。 「でも、気がついたら、"やらせ"についての口論になってしまいました。朝倉くんは『そんな事実はない』の一点張りで、"やらせ"は公平の思い込みだ、って……それで結局、依頼は引き受けてもらえませんでした……」 綾子さんは、悲しそうにため息をついた。 「それでもあきらめずに何度も訪ねていったワケだ。アイツのところに」 オレは腕組みをしたままいう。 「……ええ……。だけど、ほとんどが門前払いで……」 「やっと会っても、取り合ってもらえない、ですか？」 海が同情の眼差しを綾子さんに向ける。 「ええ……」 綾子さんはうなずいた。 「……どうして……どうしてこんなことに……。公平は殺されて、昔はとても優しかった、あの朝倉くんはすっかり変わってしまって……、私、どうしたら……っ」 綾子さんは困惑した顔をオレ達に向けた。 「………」 昔は優しかった、朝月裕。 何が彼を変えてしまったのだろうか。 オレは綾子さんの顔を見つめる。 つらそうな顔。 婚約者を何者かに殺され、信じていた親友には冷たくされる。 今までどんな思いだったのだろう――― 「……話はわかりました」 オレは一口、麦茶を飲むと、ゆっくりと口を開いた。 「綾子さん。この件、オレ達に任せてもらえませんか？」 「え……？」 綾子さんがオレの顔を見る。 「時田さんを殺した犯人、そして……何が朝月裕を変えてしまったのか、すべて明らかにしましょう」 にっ。 オレは綾子さんに笑みを向けた。 「真希さん……」 「だから、もう泣かないでくださいよ？」 ポンッ。 オレは綾子さんの肩を軽く叩いた。 「はい……っ」 綾子さんはうれしそうな顔でうなずいた。 「そこで綾子さん。一つお願いがあるんですが」 「なんですか？」 「オレ達をここに泊めてもらえませんかね？」 「え……？」 「真希……!?」 綾子さんと海が驚いた顔でオレを見る。 「犯人の次のターゲットはおそらくあなただ」 オレは腕を組んでいった。 「え……っ!?」 「ちょっ、ちょっと待て。何でそんなことがわかるんだよ!?」 海がけげんそうな顔でたずねる。 そんな海にオレは、にやっ。 笑みを浮かべた。 「プロのカン、かな？」 「はぁっ!?」 海はますますけげんそうな顔になった。 ―――が。 「……必ず、犯人を捕まえてくれますか？」 綾子さんは真剣な顔でオレにたずねた。 「綾子さん……？」 海は綾子さんのほうを向く。 「もちろん」 オレはうなずいた。 「わかりました。あなたのその言葉、信じます」 綾子さんはまっすぐにオレを見ていった。 「ありがとうございます」 オレは綾子さんに笑みを向けた。 「おい、どういうつもりだよ!?」 綾子さんがオレ達の部屋を準備しに行くのを見送ると、海が小声でしゃべりだした。 「いや、なに。ここで泊めてもらえれば、メシ代浮くかなー、と」 オレは手を頭の後ろに回した。 「はぁっ!?」 海はあきれたような顔をする。 「ははははは……」 オレは苦笑いを浮かべた。 「ったく、何考えてんだよっ。それだけのために、ここに泊まり込むことにしたのか!?」 海は今にもオレにかみつきそうになっていう。 「ジョ……っ、ジョーダンだってばぁ」 オレは苦笑いを浮かべたまま、海を制した。 「……ちょっとね、エサをまいたんでね」 「エサ？」 海がけげんそうな顔をする。 にっ。 オレは笑みを浮かべた。 「いいこと教えてやろうか」 「なんだよ？」 「朝月裕のヤツなぁ、妖怪に取り憑かれてるぜ」 「な……んだって!?」 海は驚いた顔でオレを見た。 「きのうもいったろ？あいつから妖気を感じたって」 「あっ、ああ」 海はうなずいた。 「さっき会ってはっきりした。妖気は間違いなくあいつからだ。しかし、あいつは人間だ。それも間違いない。てことはつまり、あいつに妖怪が取り憑いてるってことさ」 「じゃあ、『週末殺人事件』の犯人は……っ」 「まだ気がはえーよ」 オレは海のコトバをさえぎった。 「証拠はまだ何もない。だからエサをまいたってワケ」 「なんだよ？その"エサ"ってのは」 「オレ、朝月裕んとこでバラしてきたろ？オレ達の正体」 オレはそういって、手を頭の後ろに回した。 「確かに……。でもそれが"エサ"？」 海は今いちわからなそうな顔をした。 「どんな妖怪だって地上治安課のことぐらい知ってるはずさ。地上治安課のバスターが動き出した、それが一体何をイミするか……犯人なら、それがわかるだろ？」 「確かに。でも、だからってなんでここに泊まる必要が？」 「だからいったろ？彼女が犯人の次のターゲットだって」 「どうしてそれがわかるんだよ？」 海はけげんそうな顔でたずねた。 「オレ達地上治安課が彼女にからんでるからさ」 オレは一口、麦茶を飲んだ。 「妖怪(ヤツ)はおそらくオレたち邪魔者を消そうとする。それにはオレ達をおびきだす必要があるだろ？それにてっとり早いのは、オレ達が接触している彼女を殺す(やる)ことさ」 「ちょっと待て。それってつまり、綾子さんを囮りにしたってことか!?」 海が声をあらげていう。 「まあ、結果的にはね」 にっ。 オレは海に笑みを向けた。 「ったく、お前ってやつぁ〜〜〜。もし彼女に何かあったらどうすんだよ？」 海は腕を組んだ。 「だから、そん時のためにわざわざ泊まり込んで彼女をガードすんでしょーが。オレ達が動き出したと知った今、おそらくヤツはわざわざ土曜日まで待つなんてことはしないだろうからな」 「じゃあ、ヘタすりゃ、今日ってことも……？」 「十分ありうる」 オレはうなずいた。 ―――そして。 「そういうことです。わかっていただけましたか？」 「………！」 「え……っ!?」 海が驚いて後ろを振り返る。 そこには腕にシーツを抱えた、硬い表情(かお)の綾子さんがいた。 「朝倉くんが……犯人……？」 綾子さんが硬い表情のまま、口を開く。 「正確には、彼に取り憑いてる妖怪が、ですけどね」 オレは足を組んだ。 「あなたも薄々気づいてたんじゃないですか？」 「―――！そっ、それは……っ」 綾子さんは言葉をつまらす。 それがすべてを語っていた。 「だからあんなに朝月裕に食いついてたんですね？」 「………」 綾子さんはうつむいてしまった。 「どうして彼が犯人だと気づいたんですか？」 海がたずねる。 「……朝倉くんに犯人を捕まえてくれるよう依頼しに行った時……今までは少しはまだ、友人としての暖かさがあったのに……なのにあの時、まるで他人を見るような、そんな瞳をしていたんです……その時、もしかしてと……」 ギュ……ッ。 綾子さんはうつむいたままシーツを握り締めた。 ―――が、ばっと顔を上げて。 「だけどっ、やっぱり信じたくなかったっ！彼が犯人だなんて……!!だから、彼と話をして、彼が犯人じゃないっていう確信がほしかった……っ」 綾子さんは、今にも泣き出しそうな表情であった。 「………」 ス……ッ。 オレは立ち上がって綾子さんのほうを向く。 「綾子さん。彼は今、おそらく妖怪に取り憑かれています。彼が変わってしまったのは、その妖怪のせいです。そいつを退治すれば、彼は元に戻る。彼は悪くない。オレ達が元の彼に戻してみせますよ」 にっ。 オレは綾子さんに笑みを向けた。 「真希さん……」 綾子さんもかすかに笑みを返した。 ―――さあ、戦闘開始だ。 |
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