天国の事情－ファイル5-2

『天国の事情』
ファイル５・鬼ごっこの事情 　　　＜＜１　　　　３＞＞

　２

「……イヤなガキ」
「………」

　―――オレ達は今、遊園地にいた。
　目の前のメリーゴーランドに紅葉は楽しそうに乗っている。
　オレはそれを眺めて。
　はあ。
　ため息をついた。

「まさか、遊園地の金、オレ達の分までポンッと出すとはなあ……」
「そうだな……」
　ふう。
　海もため息をついた。
　―――そうなのだ。
　このガキ……もとい、紅葉はオレたちが「金がない」というと、なんとチケットの金をポンッと出したのである。
　それも万札で。
　イヤミなガキである。

「あーっ、楽しかった」
　メリーゴーランドから降りた紅葉は満足げにオレたちのほうへやって来た。
　そして、オレたちの目の前に来るやいなや。
「……さて、次はジェットコースターかな」
　そういってさっさと歩き出した。
「おいおい、ちょっと待てよ～」
　オレは紅葉を引き止める。
「何よ？」
　紅葉は不満そうに振り返った。
「もういいだろ？さんざん乗ったじゃねーか」
　ふーっ。
　オレはため息まじりにいった。
　海も疲れた顔をしている。
　オレたちは今までさんざん紅葉にあれこれ連れ回されていたのであった。
「だめ。まだたりないもーんっ」
　紅葉はふくれっつらをした。
「ったく。だいたいなあ、もう７時じゃねーか。いい子はもう帰る時間だぞ」
「そうだよ、紅葉ちゃん。お母さんが心配するよ？」
　海もそういって紅葉をなだめようとした。
　すると。
「ヘーキだもん。ママ、今日は仕事で遅くまで帰ってこないもん」
　紅葉はツンとした顔で答えた。
「しかしなあ……」
「いいからジェットコースター！」
　そういって紅葉はオレの腕をぐいぐい引っ張った。
「ったく～～～」
　ふーっ。
　オレはため息をついた。
「真希、俺、春花さんの携帯に連絡入れとくわ」
　海がこそっとオレにいう。
「ああ。頼む」
　オレはうなずいた。
「何してるの。さっさと行くわよ」
「はいはいはい～」
　オレは仕方なしに紅葉についていった。

　そんな感じで。
　結局オレ達は閉園まで紅葉に付き合わされてしまった。
　『腹が減ったから帰ろう』といえば、メシ代までポンッと出す。
　『友達へのお土産』といって、土産物屋で大量のお菓子を買い込む(その荷物を持たされたのは、オレ達だが)。
　むかつくくらい、金には困っていないようである。
　何度はたきたくなったことか。
　……しかし。
　『帰る』という単語を口にするたびに、一瞬寂しそうな顔をしながら、すぐにむくれた顔になる彼女が妙に印象に残った。

「さすがに帰ろうぜ」
　閉園のアナウンスが聞こえてくる。
　もう10時である。
　オレはまだ帰ろうとしない紅葉をさすがにうながした。
「でも……」
「お母さん、仕事が終わったそうだよ。さっき電話がかかってきた」
　海がそういうと。
「……仕方ないなあ」
　しぶしぶ、といった感じでうなずいた。
　しかし、その顔はどこかうれしそうにも見えた。
「それじゃ、帰ろうぜ」
　オレ達は出口に向かって歩き出した。

　紅葉の家の近くに来ると。
　紅葉の母、春花さんが家の前で待っているのが見えた。

「紅葉、お母さんがいるぞ」
　オレがそういうと。
「……うん……」
　なぜか複雑な表情をする紅葉。
「どした？」
　オレは紅葉にたずねたが、紅葉がその答えをいう前に。

「紅葉！」

　こちらに気づいた春花さんが紅葉の名を呼んだ。
「……ママ……」
　つぶやくようにいう、紅葉。
「春花さん、紅葉ちゃんを無事にお届けしましたよ」
　海はそういって、紅葉を春花さんのほうへうながす。
　そして、紅葉が買った土産物の類を春花さんに手渡した。
「わざわざありがとうございました。ご迷惑をおかけしました。……ほらっ、紅葉もお２人にお礼をいいなさい」
「……ありがとう」
　春花さんにいわれて、紅葉は渋々といった感じでいうと。
「あっ、紅葉！」
　紅葉はひったくるように春花さんから土産物を奪い取って、さっさと家の中に入っていってしまった。
「まったく、あの子は……本当にすみませんでした」
　春花さんは改めてオレ達にいった。
「いえいえ」
「俺たちも夕飯を彼女にご馳走になったりしましたから」
　オレ達は春花さんに笑顔でこたえた。
「それじゃ、俺たち、帰りますね」
　海がそういうと。
「はい。本当にわざわざありがとうございました。これ、少ないですけど……」
　そういって、封筒を差し出してきた。
「えっ？」
　封筒の中身は、１万円札が２枚であった。
　オレ達は驚いて春花さんを見る。
「そっ、そんな、いいですよ。お金なんて……」
　海が恐縮していうと。
「わざわざこちらまで送っていただいたお礼です。交通費だってかかっているでしょうし……受け取ってください」
　頑としてひかない様子の春花さん。
「……はい……」
　仕方なくオレ達はそれを受け取った。

「なんだか、複雑な親子、だったな……」
　帰り道。
　オレはぽつんとつぶやいた。
「というと？」
「気づいたか？海。春花さん、紅葉に『お帰り』の一言がまったくなかったぞ」
「確かにそうだなあ」
　海はうなずいた。
「たまたまなのかもしれないけど、紅葉のあの態度といい……あまりうまくいってないのかもしれないな、あの親子」
　オレは頭の後ろで手を組んだ。
「んー、確かにそうかもしれないが……あの子、10歳だろ？あれくらいの年頃って、結構親に反発したりするんじゃないかなあ。俺も親父や母さんに反発した覚えあるし」
　海はそういって、少し寂しそうに笑った。
「そういうもんかねえ……」
　オレは一瞬、自分が10歳だった頃のことを思い出して。
　ふう。
　思わずため息をついた。
「どうした？」
「いや、別に」
　オレは苦笑してこたえた。
「そういや……今月、春花さんってしつけに関する本を出版してたよなあ」
「ふーん」
　海にいわれて、オレはこないだの霊界図書館でのことを思い出した。
　倶生ちゃん妹がぶちまけた本の中にあった、しつけの本。
　そういえば、あれの著者の名前が"小川春花"だったような気がする。
「……オレの説が証明されることにならなきゃいいけど」
　ふう。
　オレは再びため息をついた。

　小川春花。
　現在37歳。
　15年前の、1988年にテレビ日本に入社。
　その後、数々の報道番組を経て、1998年から現在に至るまで、自らがメインキャスターを務める、『トゥデイズ　ニュース』に出演。
　また、報道特集番組には必ずといっていいほど出演している。
　結婚は1992年、一児をもうけるも、1999年に離婚。
　子供は自らが引き取り、仕事と家庭を両立しながら育てている。
　その経験を生かし、しつけに関する出版物も何冊か刊行し、主婦層にも人気を博しているキャスターである。

　―――これが、オレが知ってる、知識としての"小川春花"である。
　これは一般に公表されている、誰もが知っている"小川春花"。
　しかし―――……

「はーいっ。ご苦労様ですっ。撮影終了でーすっ」

　『トゥディズ　ニュース』の収録現場。
　中央にいるのは、もちろん小川春花である。
　今日からオレ達は高山氏に頼んで、遅番に入れてもらうことにした。
　そのほうが春花さんと時間帯がかぶることが多いからである。

　先程の彼女に関する情報に、１つだけ加えなければいけないことがある。
　例の怪奇現象の多くは、小川春花の出演する番組で起こったことなのである。
　たまたまなのかもしれない。
　彼女はほぼ毎日スタジオで収録しているわけだし。
　ただ、さすがに局内部ではまことしやかにウワサがあるらしい。
　「小川春花に何かあるのではないか」と。
　とはいえ。
　テレビ日本の看板キャスターである。
　おおっぴらにそのことをいう人は誰もいなかった。

「何事も起こらなかったようだな」
　海がほっとしたようにいう。
「……そうだな」
　オレはうなずいた。
「やっぱりただの偶然じゃないのか？春花さんの番組で、ていうのは」
「だといいんだがな」
　などと、オレ達が会話していると。

「あら、あなた達、きのうの……」

　春花さんがオレ達に気づいて声をかけてきたのであった。

「お疲れ様です」
　オレ達は春花さんにあいさつする。
「きのうは本当にお世話になりました」
　春花さんは軽く頭を下げた。
「いえいえ」
「それはいいですよ」
　オレ達はそれに笑顔でこたえた。
「本当にあなた達にはお世話になったわ。きのう、私を助けてくれたのもあなただったのよね。本当になんといったらよいか……」
「……あのようなこと、結構頻繁に起こるんですか？」
　オレがたずねると。
「噂をお聞きになったのね。……確かに、私が収録中に起こることは多いけれど、それは私が一番収録でこの局内にいることが多いせいですよ」
　春花さんは苦笑した。
　そして続ける。
「それに、確かにきのうの事故は危なかったですけど、ほとんどが子供のいたずら程度のものですし、あまり心配することでもないです」
「そうですか……」

　子供のいたずら程度、か。
　確かにはじめはそうだ。
　はじめの頃は、突然突風が吹き荒れたり、照明の明かりがすべて消えたり。
　あるはずのセットの一部がなくなったり、位置が変わったりと、そんなかわいいものだった。
　だから、ケガ人はほとんど出てないし、出てもかすり傷程度だ。
　―――しかし。
　最近はすぐそばでガラスが割れたり、物が飛んできたり。
　そしてきのうの一件だ。
　徐々にエスカレートしていっている。
　確かに、それにしたって稚拙なレベルであることにはかわりないけれど、このままいくと、やばいことになるかもしれない……。

「ただ……こうも頻発してると、局側も困っていましてね。原因不明だし、犯人もわからない……いっそのこと、いつも局の番組でお世話になってる霊媒師の方にでもお願いしようかと相談しているなんて話も聞きましたよ」
　春花さんは苦笑混じりにいった。
「あ……っと、いけない。すみません。この後、ミーティングがあるので、この辺で」
　春花さんは腕時計に目をやって、あわてていった。
「はい、お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
「失礼します」
　そういって、春花さんは足早にスタジオから出て行った。

「……なあ」
　春花さんを見送ってから、オレは海に話しかける。
「この事件のもう一つの共通点、早急に確かめるべきだな」
「もう一つの共通点？」
　海が怪訝そうな顔で聞き返した。
「ああ。ただ……どうやって確かめればいいのかが問題だよなあ」
　ふう。
　オレはため息をついた。
「は？」
　相変わらずよくわかっていない顔の海に、オレは笑みを向けて。
「まっ、とりあえずは明日以降の問題だな……って、あ」
　オレはスタジオのある一点で視点が止まった。
「高山氏がこっちにらんでら」
「あ」
　オレ達は向こうのほうに立っていた高山氏と目が合って、思わず苦笑いを浮かべた。
　海の顔がますます困惑したのは、いうまでもない。

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