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『天国の事情』 ファイル５・鬼ごっこの事情 ＜＜３ ５＞＞ |
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４ 「紅葉！」 スタジオに到着すると。 本当にめちゃくちゃだった。 機材はほとんど派手に壊されて、床に散乱している。 物という物はすべてすっとばされ、人々が逃げ惑う。 さすがのカメラマンもこの状況で悠長にカメラは回すことができないらしい。 カメラを構えた人影はどこにも見られなかった。 そんなスタジオの中央にいるのが、紅葉と召鬼であった。 「嫌い……嫌い……みんなめちゃくちゃになればいいのよ！」 そう叫ぶ紅葉の顔は尋常ではない。 紅葉の叫びにしたがって動き回る召鬼。 その様子を呆然と眺める春花さん。 ―――と、そのとき。 「春花さんっ、危ない！」 春花さんに向かって何か大きな物が飛んできていた。 オレはとっさに春花さんのほうに駆け込むと、彼女を抱えて横に飛んだ。 ガッシャーンッ!! セットの一部らしき物が横をかすめて砕け散った。 「大丈夫ですか？」 オレは春花さんに話しかける。 「あっ、あなたは……ええ……な、何がどうなって……なんであの子が!?」 すっかりパニック状態の春花さん。 たとえベテランニュースキャスターであろうと、こんな普通では考えられない状況な上、その原因が自分の娘にあるとあっては、いたしかたのないことであろう。 「……春花さん、実はですね」 オレが事情を話しかけたその時。 「真希！危ない!!」 再びセットの塊がこちらに向かってくるのが見えた。 今からじゃ、よけても間に合わん！ 「ちィッ！結界符!!」 ガッシャーン!! 結界に当たって、セットが砕けた。 「な……ッ」 もはや何もいえない様子の春花さん。 「……詳しい話は後でします。とりあえずコレ、持っててください」 オレは春花さんにさっきの結界符を持たせた。 「本当なら他の人たちと同じようにこのスタジオから逃げてもらいたいところなんだが……紅葉のあの様子じゃ、何があってもあなただけは逃がしてくれそうもありません。とりあえずコレを持ってる分にはあなたが危険な目にあうことはそう簡単にはありませんから」 オレはそういうと、春花さんから離れて、紅葉と召鬼の前に立った。 「真希、他の人たちはみんなスタジオから逃がしたぞ」 海がオレのそばにきていう。 「サンキュ。春花さんのそばにいてやってくれ」 オレはちらっと海のほうを見て笑みを浮かべると、再び紅葉と召鬼のほうを見た。 「………」 もはや正気ではない、紅葉の顔。 召鬼と一体化しているようにも見える。 ここまで闇が広がってしまったか……。 忌々しそうにオレを見つめる紅葉と召鬼の顔に、思わずため息をついた。 「……紅葉。鬼ごっこはここまでだ」 オレは紅葉を見つめていう。 「………」 紅葉は何もこたえない。 「お前の気持ちはわかるが……ここまでやる必要はないだろう？」 オレがそういうと。 「何が……何が『わかる』よっ！みんな……みんな……『わかったフリ』じゃないか……!!」 紅葉が激しい口調でいう。 そして。 ビュッ！ スタジオに散乱している物がオレにむかって飛びかかってきた。 「ったくう」 オレはため息をついて。 「風刃符(ふうじんふ)！」 ガッシャーンッ！ オレの目の前で砕け散った。 「………！」 驚いた顔で紅葉はオレを見る。 「……もう一度いう。鬼ごっこはここまでだ」 オレがゆっくりというと。 「鬼太郎(おにたろう)！」 紅葉の呼びかけにこたえて、召鬼が一歩前に出てきた。 「……徹底抗戦というワケか。仕方がない」 ふう。 オレはため息をついた。 それを合図にして。 「シャアアアアッ！」 召鬼が襲いかかってくる。 強い妖気。 明らかに暴走している。 ドガシャーンッ！ ドーンッ!! オレは左右に何とか交わしていく。 召鬼は"力"を使いながら瞬間であちこちと移動し、様々な物をこちらに飛びかからせつつ、攻撃を仕掛けようとしてくる。 油断もスキもあったもんじゃない。 瞬間移動が厄介だ。 異様に強い妖気のせいで、場所はすぐにつかめるのだが……攻撃のスキが見つからない。 それに。 ここは室内。 春花さんは海に任せてあるし、結界符も渡してあるから多少はもつだろうが、紅葉はなんの護りもない。 ヘタに強い邪符(フダ)で攻撃をしようものなら、彼女にまで危害が及んでしまう。 オレはよけるだけが精一杯であった。 「シャアーッ！」 「ちィッ!!氷塊符！」 ドオン！ それでも、なんとかスキをねらっては、邪符を投げる。 「シャアアアアーッ!!」 多少のダメージは受けているようだが、攻撃は激しさを増す一方であった。 ……しかし、攻撃のパターンは次第に読めてきていた。 どこで消えて、どこで姿を現すのか。 しかも、瞬間移動とはいえ、さすがに消える速度も落ちてきている。 オレは攻撃をかわしつつ、チャンスを狙っていた。 そして。 フ……ッ。 召鬼が消えた。 次の出現ポイントは……あそこだ。 確認して、その位置の背後にガレキの山ができてるのが見えた。 ―――チャンスだ。 一瞬、予想した出現ポイントのほうから強い妖気を感じて。 「風刃符！」 ドオーンッ!! ガッシャーンッ!! 「ギャアッ!?」 バンッ！ 召鬼は風刃符によって生じた風圧によって吹っ飛ばされた。 「鬼太郎!?」 紅葉があわてて召鬼に駆け寄ってきた。 「………」 「………」 静かなにらみ合いが続く。 紅葉の目はなぜか複雑な色をしているように見えた。 ―――と、そのとき。 「……めて……やめてェッ!!」 春花さんの叫び声が聞こえてきた。 「どうして!?何がどうなってるの!?紅葉、もうやめて、お願いだから。どうしてこんなこと……！」 春花さんの叫びを聞いて。 紅葉の瞳の色がすっと冷めたものになったような気がした。 そして。 「どうして……？そんなこともわからないで、得意げにしつけの本なんか書いてたの……？」 ふふふっ。 紅葉は自嘲的な笑みを浮かべる。 そして、召鬼と一緒に春花さんのほうにゆっくりと近づいていった。 「笑わせないでよッ!!わたしのこと、何もわからないくせに!!」 ビュッ!! 突風が吹き荒れて。 バリンッ!! 突風に巻き上げられて、下に散らばっていた様々な破片が、結界に当たって砕けていった。 「嫌いよ……ママなんて……大っキライ!!」 ガシャンッ!! 破片が結界にどんどんぶつかっていく。 「紅葉ッ!!やめろッ」 突風のせいで思うように前に進めない。 オレは叫んだ。 しかし、その声は届かない。 ちくしょう。 いくらなんでもこれだけガンガン物がぶつかってりゃ、そろそろ結界が限界だ。 どうする……っ!? そのとき、だった。 バリンッ!! ひときわ大きな音がして、結界が破れた。 「海ッ、春花さん!!」 そのことに紅葉自身も驚いたのだろう。 動きが止まって、突風も収まった。 オレはそのスキに海と春花さんのほうへ向かった。 「海ッ!!大丈夫か!?」 海は春花さんをかばって、もろに破片を受けていた。 「大丈夫だ。たいしたケガはしてない」 海は笑みを浮かべた。 その言葉どおり、目に見える外傷はないようだ。 「それよりも」 海は立ち上がって、目の前の紅葉を見つめた。 「かまって……ほしかったんだよな？」 海は静かに紅葉に話しかける。 「………！」 紅葉は驚いた顔をする。 海は紅葉にゆっくりと近づきながら、続けた。 「本当にほしかったのは、お金でもないし、"自主性の尊重"なんて、だいそれたものでもなくって……本当は、ただ、お母さんにかまってほしかった、そうだよな？」 海は紅葉に優しい笑みを向けた。 「お母さんにかまってほしくって……テレビ局にちょくちょく出入りしては、いろんな人に迷惑をかけたりして……それで、お母さんの気を引こうとしてたんだよな？一生懸命。……なのに、わかってもらえなかった。……そうだよな？」 「………」 「最近局内で事故が多発してたのも、わかってもらえないのが悲しくて、それで召鬼を使って騒ぎを起こしてたんだよな？」 「………」 「なのに……たまたま、今日のテレビを見て……わかってもらえてないことが更に確信的になって。つらい思いがいっぱいになって……それでこんなことになっちゃったんだよな？みんなを困らせたかったんじゃない。本当は、ただ１人の人にわかってもらいたかっただけなんだよな？その気持ちを」 海の言葉に。 紅葉は涙をあふれさせた。 そして。 「……そうよ……わたしは……ずっと、寂しかった……だから……かまってほしかったッ。怒ってほしかったのよッ！でも……ママはちっともわかってくれなかったじゃないッ!!」 ませたイヤなガキだと思っていたが、こうして泣いている姿は、まさに10歳の、素直な子供であった。 紅葉は続ける。 「しかも、大人たちはみんな、ママはすごいってほめる。何にもわかってないのに。……だから、みんな嫌い。嫌いよ。全部めちゃくちゃになっちゃえばいいと思ったのよ!!」 ―――そういえば。 はじめて春花さんが襲われた現場に居合わせたとき、一瞬聞こえた声。 『……みんな、大っキライッ!!』 あの声は……紅葉の心の叫び、だったのか。 「そうだよな。つらかったんだよな」 海は紅葉の頭をぽんぽんとなでると、ぎゅっと抱きしめた。 「うわーんっ！」 紅葉は本格的に泣き出してしまった。 「……私は……間違っていたのでしょうか……」 今まで何もいわずにただただ見つめていただけだった春花さんが、呆然とつぶやいた。 「今まで、仕事も家庭も、誰にも負けたくないって、そう思って、頑張ってきて……結局、紅葉を苦しませて、こんなことになって……私は、間違っていたのでしょうか……」 そういう春花さんは、今にも泣き出しそうな顔であった。 そんな春花さんの様子を見て。 ふう。 オレはため息をついた。 「確かに、召鬼は心の闇を糧に動くものだから、紅葉の中にそれだけの苦しみがあったというのは事実でしょうけど、だからって、すべてが間違いというわけでもありませんよ」 「え……？」 「あなたはそれなりに精一杯、彼女を愛してあげてたでしょう？……高山さんからね、聞きましたよ。あなたがどれだけ紅葉のために骨を折ってるか」 オレ達が紅葉にはじめて会ったあの日に、高山氏が苦笑いしながらいっていたことを思い出す。 『まあ、なんだかんだで、春花さんがきちんと謝って、これからもよろしく、とかいわれてしまうとなあ。ついつい甘い顔をしちゃうんだよな』 紅葉がいくら好き勝手をやっても、紅葉が責められることがないように。 いつもかまってあげることができない、春花さんなりの配慮だったのだろう、そう、高山氏はいっていた。 子供を愛さない親はいない、子供を大切だと思わない親はいない。 つまりはそういうことだ。 ただ、人間同士だから、すれ違うことは多少あるのかもしれない。 お互いの気持ちがいまいちわからなくて。 「ママ……？」 紅葉が海から顔を上げて、戸惑った顔で春花さんを見上げる。 「………」 春花さんは何もいわずに、ただただ紅葉を見つめていた。 「まあ、お互い、コミュニケーションが足りなかった、というところだろうな」 わからなければ、言葉にすればいい。 行動に表わせばいい。 きちんと伝え合っていけばいい。 それは、そんなに難しいことじゃない。 「大丈夫。それだけお互いに愛情をもっているのであれば。あなた達親子はこれからですよ」 オレはそういうと。 ポンッ。 春花さんの背中を押した。 「え……？」 「海が今やってる仕事は……本来彼がやるべきことじゃない。誰がやるべきかは……わかりますよね？」 にっ。 オレは笑みを浮かべた。 「あ……」 「さあ」 海も紅葉から離れて春花さんをうながす。 「………」 春花さんはゆっくりと紅葉に近づいていくと。 そっと。 紅葉を抱きしめた。 「ママ……」 「ごめん……ごめんね……紅葉……ママ、一番大事なこと、忘れてたね。こうやって抱きしめて……お話すればよかったのよね。なのに理屈にばかり走って……ごめんね……っ」 「ママッ」 ２人は抱き合ったまま、泣き続けていた。 ―――でもこれで、きっとこの先２人はうまくいく。 そんな確信がもてた。 「なにはともあれ、これで一件落着、かな」 「だな」 すっかり荒れ果ててしまったスタジオを見渡して。 オレと海は苦笑を浮かべてうなずいた。 |
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