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『天国の事情』 ファイル６・刑事の事情 ＜＜２ ４＞＞ |
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３ 「………」 宮部明俊は、元警察官というところがあってか、あたりをまとう緊張感が初対面の相手を目の前にしているとはいえ、少し強い気がした。 同じ警察官でも、室町さんは人にあまり警戒心を与えるような感じではない。 この室町さんとの違いは、やはり彼が室町さんとは違って、叩き上げできたためなのであろうか。 課長から預かった資料によると、年齢は33歳であるらしいが、年齢より若干、落ち着いて見えた。 オレ達は、『お姉さんの事件について再調査している、探偵』ということにして、宮部に家に上げてもらうことができた。 とはいえ、オレ達の顔を見た途端、一瞬表情が固まっていた。 当然である。 ついさっき、室町さんと一緒にいるところを見られたのだから。 そのせいか、宮部は先程からなめるようにオレ達を見つめていた。 さすがは元警察官、といったところであろうか。 「……君たちの依頼者は、室町なのか？」 一言。 ようやく宮部が口を開いた。 「いえ。彼ではありませんよ。事情により、教えることはできませんがね」 オレは答えた。 「………」 無言でオレを見つめる宮部。 そして。 「……まあ、そういうのは仕方なかろう。俺も元警察官だ。探偵とは多少の付き合いはあったからな」 ふう。 宮部はため息をついた。 「で、聞きたいことは何だ？」 「あなたのお姉さん、由紀子さんは何故元恋人を殺し、そして自殺するに至ったか、それを話してもらえませんかね？」 「それは、もう調査済みじゃないのか？」 じっと油断ない顔でオレを見る宮部。 「客観的な事実は知ってます」 オレは宮部を見つめ返して続ける。 「オレ達が知りたいのは、由紀子さんが何を知っていて、何を感じていたかという事実、いうなれば、由紀子さんの主観的事実、といったところでしょうか」 「……なるほど。わかった」 宮部はうなずいた。 そして、宮部はゆっくりとオレ達に話し始めた。 宮部によると。 由紀子さんと被害者は事件のずいぶん前からギクシャクした関係が続いていたそうだ。 原因は、彼の暴力。 気に入らないことがあると、すぐに殴るのがくせになっていたらしい。 はじめのうちは我慢できた由紀子さんであったが、徐々にエスカレートする暴力に由紀子さんは耐えられなくなった。 当時、由紀子さんは同棲までしていたが、ついに男と強引に別れ、宮部のところまで逃げてきたそうだ。 彼女が室町さんに出会ったのは、その頃だった。 「室町がおれの家に遊びに来ることになってな。その時にお互い、知り合ったんだよ」 「なるほど」 そして、彼女は室町さんと徐々に親しくなって。 その時期と同じくして、別れたはずの恋人がつきまとうようになった。 彼女は弟である宮部と、そして室町さんにこのことを相談した。 そして２人は暇を見ては彼女のガードをしたり、近くの交番の警察官にパトロールを強化してもらっていたそうだ。 しかし、ガードやパトロールの隙を見ては、元恋人は暴力を振るいつつ復縁を迫った。 そして。 ついに事件が起こってしまった。 男が無理やり由紀子さんをアパートに連れ込み、襲おうとしたらしい。 それでもみ合いになり、由紀子さんは台所にあった包丁で元恋人であった男を刺し殺してしまった。 彼女はパニック状態になって、とにかく逃げた。 しばらくたって、彼女は何とか多少落ち着いて、その時は被疑者の身内であるという理由から捜査からはずされていた宮部のもとに彼女から電話がかかってきた。 宮部は何とか彼女を説得した。 そして、室町さんも一緒なら、そういうことで彼女は自首する決心をした。 しかし。 「姉は……由紀子は、室町のことを信用してたよ。というよりは、むしろ……惚れていた、んだろうな。室町に。なのに……なのに……っ」 室町さんは、上司に彼女の居場所を話してしまっていた。 彼女が姿を見せた途端、多くの警官が彼女を取り囲んでしまった。 「……あとは、君たちも知っての通りだよ。パニック状態になった由紀子は、捨てられずに持ったままだった凶器で、自殺したんだ。おれ達の見ている目の前で、な」 そういって宮部はそっと自分の胸元に手をやった。 「そう、ですか……」 オレは何のことばも返せなかった。 目の前で愛する者を失うつらさは、オレにもわかる。 それが、信用してた人の裏切りのせいであるとなると、なおさらのことであろう。 彼が室町さんに会いたくもない、そう言い切るのは、わかる気がする。 そして――― 宮部由紀子も、同じ気持ちなのだろう。 信用してた、いや、愛していた人間に裏切られて。 絶望のあまり自殺した彼女。 彼女が室町さんのことを恨むのは当然のことであろう。 室町さんだって、進んで裏切り行為をしたわけではない。 それなりの事情があってのことではある。 しかし。 彼らからしてみれば、それは室町さんの勝手な事情で。 やはり、室町さんのことは許せないのだろう。 悲しい関係、だな。 「……事情は大体わかりました。ありがとうございます」 オレは宮部に礼をいう。 「いや。役に立てたかどうかはわからないが」 宮部は苦笑した。 「１つ、聞いてもいいですかね？」 オレは宮部にいった。 「なんだ？」 「今日はなんで由紀子さんのお墓に？月命日というわけでもないですよね？」 宮部由紀子の命日は、８月27日。 ちょうど宮部由紀子が地獄から逃げ出した日である。 今日は10月17日。 月命日には若干早かった。 オレがたずねると。 ふーっと、宮部はため息をついた。 「今日は、由紀子の……おれ達の誕生日なんだよ」 「そうだったんですか」 そういえば資料に書いてあったな。 オレは宮部由紀子のプロフィールに書いてあった生年月日を思い出した。 1970年10月17日生まれ。 まさしく今日が誕生日である。 それで平日であるにもかかわらず、墓参りに来ていたのか。 「そんな日にたまたま、アイツに会うとはな……」 宮部は自嘲気味に笑った。 そして。 「……君たちの依頼者は室町ではないといっていたが……墓であった様子だと、知り合いではあるんだろう？だったらアイツに伝えておいてくれ。今後も一切、お前とは馴れ合うつもりはない、とな」 手を胸元に当て、宮部はきっぱりと言い放つ。 そういう顔は。 怒りと……そして悲しみに満ちたものであった。 「………」 そんな彼にオレは何もいうことができなかった。 「アテはハズレ、か？」 宮部のマンションを出てすぐ。 宮部の前ではほとんどしゃべらなかった大牙が口を開いた。 オレは大牙を振り返る。 「え？」 「お前のことだ。宮部由紀子が宮部明俊のところに来ているんじゃないかって、そう思ったんじゃないのか？」 「まあ、ね」 オレはうなずいた。 「でも、あの様子だとアイツのところには来ていないようだな」 「いや……そうとも言い切れないぜ」 「え……!?」 大牙は驚いてオレを見た。 「だって、アイツからは霊気や、それらしい気配は感じられなかったぞ？」 「忘れたか？宮部由紀子と宮部明俊は双子だ」 「あ……」 オレのことばに、大牙が思い出したような顔をした。 「双子っていうのは、霊気の波長がまったく同じだ。だから、双子の片割れのもとにいられては、そう簡単には気づかない」 「じゃあ、真希は宮部由紀子がアイツのところにいる、と？」 「……宮部が、な。ときどき自分の胸元にそっと手を当てることがあったんだ。そんな動作……男が普通はやらんだろ？」 事件のことを話しているとき。 たびたび胸に手を当てる宮部の姿が妙に印象に残った。 まるで心の中の誰かに語りかけてるような、そんな感じだった。 もし、宮部由紀子が地獄から逃げ出したということがなければ、死んだ彼女を想っての行為だろうと考えてもよかったかもしれない。 しかし。 現実として、宮部由紀子は地獄を抜け出し、どこかで身を潜め、室町さんを狙っている。 そして。 『アイツに伝えておいてくれ。今後も一切、お前とは馴れ合うつもりはない、とな』 そう言い放った宮部。 その姿は、妙に宮部由紀子の姿と重なって見えた。 ２人がそういっているように見えたのだ。 「やりにくいなあ、今回は」 ふう。 オレは思わずため息をついた。 「そうか……」 宮部明俊のマンションから帰ってきて。 オレは室町さんと海にその結果を話した。 それを聞いてまず、室町さんはため息まじりにうなずいた。 「確かにおれは、あの人に……あの人たちに恨まれて当然の男、だからな」 そういって室町さんは苦笑する。 何度目だろうか。 室町さんのこのセリフを聞くのは。 どれほどあの事件で室町さんが傷ついているのかが、嫌というほどわかる。 「とはいえ。こちらもやられるわけにはいかないんだ。いつ向こうが来るかわからん以上、こちら側から仕掛けないとな」 大牙がため息まじりにいった。 「わざわざ仕掛けるのか？危険じゃないのか？」 海が不安そうにいう。 「おれの実力をなめてもらっちゃ困る」 にっ。 そういって大牙は笑みを浮かべて。 ちらり。 オレのほうを見た。 何をいいたいのかは、いわなくてもわかる。 しかし、オレはそれに気づかないふりをした。 そして。 「その必要はねーよ。たぶん」 「え？」 大牙は聞き返した。 「室町さんは多分知ってるよな？今日が何の日か」 オレは室町さんのほうを見る。 「ああ……宮部さんと由紀子さんの誕生日、だ」 室町さんはうなずいた。 いくらオレ達が宮部由紀子の話をしたからって、墓参りに突然行くのは少し不自然だ。 しかも、忙しいはずの室町さんがあっさりと外出することができた上に、直帰ができた。 これは前から予定していたこと、そう考えるのが自然だ。 命日に墓参りをすれば、宮部に会ってしまう可能性がある。 そう考えた室町さんの苦肉の策だったんだろう。 結局は宮部に会ってしまったわけだが。 「聞いてもいいか？宮部は毎年、誕生日に墓参りに行ってたのか？」 「……そういや、今までそんなことはなかったな。おれが知らなかっただけかもしれないが」 「やっぱりな」 ふう。 オレはため息をついた。 「それがどうかしたのかよ？」 大牙が怪訝そうな顔をする。 「来るぜ。おそらく。今日」 「………！」 オレのことばに、３人の緊迫した気配がした。 「宮部のところに由紀子がいるのはたぶん間違いない。２人がシンクロしてるせいですぐには気づかなかったがな。その宮部の行動から考えると、おそらく今日、来る。……何故一番霊力の高まる命日に地獄から抜け出しておきながら、すぐに行動を起こさずにわざわざ今日まで待ったのかはわからないが、な」 オレがそういうと。 ふーっ。 室町さんのため息が聞こえてきた。 「……祝ってあげるはずだったんだ。４年前の誕生日。つらい過去を捨てて、新しい人生をやり直す、その門出として、な。なのにおれはそれをだめにしてしまった……だから、今日を復讐に選んだんだろうな」 窓の向こうの遠くを見つめていう、室町さん。 もう太陽はすっかり沈んでいた。 「４年前の決着をつけなきゃいけないときだよな。おれも、宮部さんも。……そして、由紀子さんも」 そこで一呼吸置いて。 そして。 「協力して、くれるか？」 室町さんはオレ達の顔を見ていった。 「もちろん」 にっ。 オレは室町さんに笑みを向けた。 と、そのとき、だった。 トゥルルルルッ。 短く室町さんの携帯が鳴る。 メールを受信したようだ。 「………」 室町さんはそれを無言で見つめ。 オレに差し出して、一言。 「由紀子さんからメールが来た」 差し出された携帯のディスプレイには。 『日比谷公園に今夜10時』 短くそう表示されていた。 |
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仔猫の遊び場
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