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『天国の事情』 ファイル６・刑事の事情 ＜＜３ ５＞＞ |
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４ ―――…… 夜の日比谷公園。 人影は多少あるところもあるものの、室町さんが向かったところは、人影がまったく見当たらない一角であった。 携帯に送られたメールには、ただ『日比谷公園』と記されていただけであった。 しかし、室町さんは迷わずにここに来た。 ここは。 そう。 ４年前のあの日。 宮部由紀子が自殺した、あの場所であったのだ。 「本当に……大丈夫なんだろうか……」 物陰に身を潜め、オレ達は少し離れたところから、室町さんを見ていた。 １人たたずむ室町さんを見つめ、海は心配そうな顔をした。 「とはいっても仕方あるまい。本人にあれだけ強くいわれたわけだし」 ふーっ。 あきらめ顔で大牙がいう。 「ま、何かあればすぐにオレ達が助けに入ればいいさ」 にっ。 オレは海を安心させるように笑みを向けた。 メールをオレに見せた後、室町さんはいった。 『彼女たちと話がしたい』 まっすぐにオレを見つめてそういった室町さんの気持ちがわかった。 指定された待ち合わせの場所にオレ達が行ってしまえば、室町さんはまた４年前と同じ過ちを繰り返すことになる。 室町さんは、そんなことは望んでいなかった。 ４年前のあの時にはできなかったこと。 直接話をして、謝りたい。 室町さんはそういった。 許してほしいわけじゃなく。 とにかく、彼女に、彼女たちに謝りたい、そういっていたのだった。 そのためには、オレ達がはじめからいたのでは、無用に向こうを刺激するだけだ。 そんなわけでオレ達は離れたところから様子をうかがっていたのであった。 「……10時だ」 海が時計を見て、そういったとき、だった。 「……よく来た、というべきかな？」 宮部が室町さんの前に現れた。 室町さんは宮部を見つめる。 「宮部さん……いや、由紀子さん、ですね？」 室町さんがそういうと。 「ふ……っ」 宮部は笑みを浮かべた。 そして。 ス……ッ。 宮部の姿が変わる。 宮部によく似た顔の、黒髪でボブの女性……由紀子に変わったのだった。 「そう……やっぱり昼間に来たあの２人は、地獄、もしくは天上界の追っ手だったわけね」 ふふっ。 不敵な笑みを浮かべながらいう、由紀子。 その瞳は不気味に光っていた。 「由紀子さん……」 室町さんは心なしか、つらそうに顔をゆがめた。 「ばれてた、な」 大牙はため息まじりにいった。 「まっ、そんな気はしてたけど」 ふう。 オレもため息をついた。 「え？」 海が聞き返す。 「４年前の事件の再調査してる、なんていったって、普通はそう簡単に信じないさ。なのに、宮部はオレ達と話をすることにのってきた。……おそらく、オレ達が何者なのか、探りを入れられてたのさ。彼女らに、な」 オレは向こうに見える由紀子を見つめた。 「……きっと、すぐ近くにいるのでしょう？彼ら」 ふふっ。 由紀子は不敵に笑う。 「……確かに。しかし、ぎりぎりまで、何もしないようにと頼んであります」 室町さんは由紀子を見つめ、静かにいった。 「あら？どういう風の吹き回しかしら？４年前はわたしも弟のことも信用しないで、警官を突入させた人が」 鋭い瞳で室町さんをにらむ由紀子。 「まあ、わたしは４年前の復讐ができれば、それでいいのだけれどね」 ふふっ。 由紀子は笑みを浮かべた。 「………おれは、ただ、あなたに……あなた達に謝りたい。それだけです」 室町さんはまっすぐに由紀子を見つめる。 「だから、彼女たちには何か危険なことにならないうちは余計な手出しをしないように頼みました」 「何をいまさら。謝ってどうするの？わたし達はあなたを許す気はないわ」 由紀子は冷たく言い放つ。 しかし、室町さんはひるむことはなかった。 「それはわかっています。でも、おれは……あなた達に許しを請うために謝るわけじゃない。ただ、伝えたいだけです。自分の気持ちを」 「………」 由紀子は無言のまま、複雑な表情で室町さんを見つめる。 室町さんは続けた。 「４年前の、あの事件は……おれの幼さが原因だった。おれがもう少し強ければ。あなた達を信用し切れなかった、おれの弱さがいけなかった……申し訳ないと、そう、思っています」 室町さんは静かに頭を下げた。 「……なにを……いまさら……」 由紀子ははき捨てるようにいう。 「謝ったって、もう手遅れよ。もう、どうにもならないわ……わたし達はあなたを許さない！」 キッ。 由紀子は室町さんをにらみつけて。 スッ。 由紀子は手を構えた。 そして。 「死ねエッ！」 シュッ！ 手を振り下ろした。 光弾が室町さんにものすごい勢いで向かっていく。 「真希！」 海が叫ぶ。 「わかってる！」 オレは呪符(フダ)を取り出す。 「結界符！」 ガッシャーン！ 結界符が室町さんの目の前でシールドを作り、光弾を弾き飛ばした。 オレは由紀子の前に立ちふさがる。 海が室町さんのほうへ駆け寄っていったのが見えた。 「ちィッ」 由紀子が舌打ちをする。 「さすがにこれ以上は黙って見てられん」 オレは由紀子をにらんだ。 「おとなしく地獄に戻ってもらおうか」 いつの間にかオレの隣に来ていた大牙がいう。 その姿は地上用ではなく、本来の姿の銀髪に金の瞳であった。 暗闇に光るその姿は、やはり迫力がある。 「………ッ」 由紀子は一瞬それにひるんだように見えた。 が。 「邪魔をするならば、閻魔庁の者であろうと、地天庁の者であろうと、容赦はしない！」 由紀子は手を構えて、光弾を打つ。 シュッ！ シュッ!! 無数の光弾がオレと大牙に襲い掛かる。 オレ達はそれを左右によけながらかわしていった。 「こそこそとぉっ！」 シュッ！ シュシュッ!! 由紀子の攻撃はやまない。 「ったく。面倒だな……」 大牙がつぶやく。 そして。 大牙の動く気配がして、オレはあわてて大牙を止めに入った。 「ちょっと待て！」 「なんだよ？」 大牙は怪訝そうな顔をする。 「由紀子はともかく、宮部は生きてるんだ。極力ケガはさせるな！」 オレはやまない攻撃をかわしつつ、大牙にいった。 「なんでだよ!?キリがないじゃないか！」 怪訝そうな顔のまま、大牙はオレにいう。 「オレ達の仕事は、宮部由紀子を地獄に戻すことだろ!?生きている宮部明俊の命を狩ることじゃない!!」 「そんな甘いこと……っ！」 大牙が何か言い返そうとした、そのとき。 ドカーンッ！ 「おっと！」 近くにあった木に光弾が当たって、オレのほうに倒れてきた。 オレはあわててかわす。 大牙は決心したかのように由紀子のほうを見た。 「大牙ッ、待て!!」 しかし。 「召雷ッ！」 ドッカーンッ!! 大牙の詠唱で由紀子に強烈な雷が直撃した―――かに見えた。 が。 「何……ッ!?」 「海！」 「ふう。何とか間に合ったぜ」 にっ。 いつの間にか由紀子の前に立っていた海は笑みを浮かべた。 そう。 海がすんでのところで、結界符を使って結界を張り、雷撃から由紀子を守ったのであった。 守られた側である由紀子は戸惑った顔をしていた。 そして、何より大牙は怒りと困惑を混ぜた複雑な表情で海をにらんでいた。 「なに余計なことをしやがる!!」 大牙が怒気を含んだ声でいう。 そんな大牙を海はまっすぐに見つめて。 「これが、俺達のやり方だ！」 海はきっぱりといった。 「何……？」 大牙は海をにらんだままでいう。 「お前のやり方は知らん。……しかし」 キッ。 海は、大牙を見据える。 「人間に余計なケガはさせない。ムダに命は奪わない。俺達は今まで、そういうやり方でやってきたんだ！……そうだろう？」 海がオレを見る。 「……ああ。そうだな」 ふっ。 オレは笑みを浮かべてうなずいた。 「………」 大牙は無言で海とオレを交互に見て。 そして最後ににらみつけるかのように海を見つめる。 海と大牙のにらみ合いのような状態が続いた。 が。 「仲間割れ？ふふふっ。そんなヒマ、ないわよッ！」 シュッ！ シュシュッ!! 由紀子はそういって再び攻撃をはじめた。 「くッ!!」 由紀子の目の前にいた、海に光弾がかする。 「海!!」 が、しかし。 海はそれにひるむことなく。 バッ！ 海は由紀子に飛び掛る。 「ちょっ、な……ッ!?」 突然の海の行動にひるんだ由紀子はあっさりと海に取り押さえられてしまった。 「真希！」 「ナイス」 にっ。 オレは海に笑みを向けると。 「チェック・メイト、だな」 スッ。 オレは由紀子の額に破邪符を向けた。 と、そのとき。 「待ってくれ！」 向こうのほうから声が聞こえてきた。 「室町さん……？」 オレは声の主のほうを見る。 室町さんがこちらにやってきたのである。 オレ達はそんな室町さんの行動がつかめずに、ただ様子を見ているだけだった。 室町さんは由紀子の前までくると。 彼女に白い小さな箱を差し出した。 「４年越しになってしまいましたけど……誕生日、おめでとうございます」 「え……」 由紀子は室町さんに戸惑った顔を向ける。 室町さんはそんな由紀子に優しい笑みを向けた。 そして。 パカッ。 目の前で箱を開ける。 中には、ブレスレット・タイプの銀色の腕時計が入っていた。 腕時計は街灯の光を受けて、鈍い光を放っていた。 「あなたには、新しい時間を歩んでほしかったから。……受け取ってください」 室町さんは腕時計を箱から取り出した。 海がそっと由紀子の腕を離す。 「………」 室町さんは無言のままの由紀子の腕を取ると。 彼女の腕に腕時計をつけた。 「よく、似合ってますよ」 室町さんは由紀子に笑みを向けた。 「………」 由紀子は無言のまま、涙をこぼす。 「よかった。あなたに渡すことができて」 室町さんがどこかほっとしたようにそういうと。 「………ッ」 由紀子はついに、本格的に顔を覆って泣き出してしまった。 そんな由紀子を室町さんはそっと抱き締めた。 ―――そのまま。 静かに時間が流れる。 泣きじゃくる由紀子を優しく抱き締める室町さん。 由紀子は何もいわずに、ただ、室町さんに抱き締められていた。 しかし。 やがて由紀子は室町さんから顔を上げると。 室町さんに穏やかな笑みを向けた。 そして。 「……ありがとう」 一言、そういうと。 由紀子は穏やかな笑顔のまま、ガクッと気を失った。 その瞬間、その姿は宮部に戻っていた。 彼の腕には、先程まであったはずの、室町さんがプレゼントした腕時計はなくなっていた。 室町さんはそれに気づいて、ふっと笑みを洩らす。 そして。 室町さんは宮部を静かに横たえると。 「また……いつか」 夜空を見上げ、室町さんはそっと微笑んだ。 その空には。 東京にしてはめずらしく、多くの星が瞬いていた。 |
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