Smile!-3

『Smile!』３　＜　小説index　＜　Home

『Smile!』 　　　＜＜２　　　　４＞＞

　３

　――とにかく。
　さめた瞳が印象的だった。
　年齢不相応な瞳。
　何が彼をそうさせたのか。
　その理由を知るのは、あまりにも容易なことだった。
　……カイナの記憶を持つ、わたしにとっては。

　ナディア王自らがわたし達を迎えにきた理由は、いたって単純なことだった。
　ちょうど視察の帰り道だったらしいのだ。
　で、ついでに寄ったということ。
　ウィズの家の周りには、ナディア王の護衛と思しき人が数名、待ち構えていた。
　護衛の人たちの瞳も、わたし達をどこか値踏みでもするかのようなものであった。
　でも。
　わたしがナディア王に感じたものは、それ以上に……なんだか、ものすごくさめた瞳であった。
　確かに、王として、冷静な判断は必要だろうけど……。

　まあ、それはともかく。
　わたし達は、ナディア王たちと一緒にカルナの王城へと向かった。
　ノウも一緒である。
　驚いたことに、ノウも城に仕えているのだそうだ。
　ノウの一族は代々カルナに仕えている一族であったのだ。
　で、たまたま家に帰ってきていたときに、わたし達を見つけたらしいのだ。
　そんなわけで、ノウも一緒であった。

「うわ……これが城かあ」

　乱路が城を見て驚いたようにつぶやく。
　カルナ王城は、ノウの家からさほど離れてはいなかった。
　ノウの家はいわば王城の裏にある森、といったところにあったのだ。
　カルナ王城はまさにわたし達の世界でいうところの、中世ヨーロッパ風の城である。
　その城を見上げ、わたしは乱路とは対照的になんともいえない気分になっていた。

　初めて見るはずの城。
　なのに、わたしにはその城の内部構造まで、ありありと頭の中に浮かんでいた。
　……これが、『カイナ』の記憶。
　ただ、記憶が戻ってしまったことを、記憶が戻っていない乱路にはなんだか言えずにいた。

　大きな城門が開くと、さらに大きな立派な庭園が広がる。
　その先をどんどん進み、ようやく建物の中に入っていくと、さらに大きなスペースが広がる。
　そんな中をわたし達は進んでいた。
　やはり、かなりの注目を集めているわたし達。
　それもそのハズ。
　わたしと乱路の格好は、わたし達の世界の格好だ。
　中世ヨーロッパの世界の中に現代風の格好のわたし達。
　浮きまくるのは当然のことである。
　……ただ。
　そんな中ではあるけれど、どこか城の雰囲気が殺伐としてる、そんな気がした。
　この雰囲気は、昔、感じたことのあるものだ……そう、『カイナ』の頃のもの。
　今のアースナは戦乱の中にあるとウィズはいってたけど、そのためなのだろうか。
　それとも……。

　そうこうしているうちに、わたし達はナディア王の政務室へと通された。
　ここは、そう。
　以前カイナも使っていた部屋である。
　何十畳あろうかという、青を基調とした広い部屋。
　落ち着いた雰囲気の部屋ではあるものの、その装飾品はどれをとっても立派なものであった。
　さすがに記憶の中にある部屋とは多少の違いはあるというものの、どことなく懐かしい感じがした。

「……あなたが、『カイナ』様と『エリア』様の生まれ変わりだというのは、ウィズやノウから聞いている」
　ナディア王は、大きな机の椅子に座って、わたし達を見ながらいった。
　そのすぐ脇にはサナルさんが控えている。
　彼はナディア王の側近らしい。
「何より……そのペンダントを持っているわけだしな」
　ナディア王はわたしの胸元にあるペンダントを見ていった。
「はあ……」
　なんだか大人びた、さめた目で見られていると、妙に恐縮してしまう。
　わたしはあいまいに返事をした。
「ただ」
　ナディア王はそんなわたしにはあまり興味がないらしい。
　淡々とした口調で続けた。
「私は、あなた方の力を借りる気は一切ない」
　ナディア王はきっぱりとそういった。
　ある意味、人を突き放しているかの口調。
　わたし達を拒絶している、そんな感じであった。
　ナディア王のそんな様子を側に控えていたサナルさんは心配そうに見つめているのがわかった。
　そんな様子を見ていると、わたしも乱路も何もいえなくなってしまった。
「とりあえず、あなた方が無事元の世界に帰れる方法はこちらが全力で探します。それまでこの城でゆっくり過ごしてください。……戦乱に関しては、あなた方が関与する必要はないですから」
　そういうナディア王は、やはり年齢不相応に見えた。

「……申し訳有りません」

　わたし達はとりあえず、城の一室をそれぞれ与えられることになった。
　そんなわけで、サナルさんに案内されて、わたし達はそこに向かっていた。
　その途中、サナルさんがおもむろに口を開いた。
　その顔は、どこかつらそうであった。

「あなた方に王があのような態度……お気に召されなかったでしょう」
「いえ、そんなことは……」
　わたしはあいまいに返事をした。
「確かにオレ達に何ができるのか、といわれれば、オレ達自身、よくわからないですしね」
　乱路は苦笑いを浮かべた。
「そのようなお言葉、感謝いたします」
　サナルさんは軽く頭を下げた。
「ただ……ナディア様があのような態度を取るのには、それなりに理由があるのですよ」
　サナルさんは軽く笑みを浮かべていった。
「それなりの理由、ですか？」
「ええ……」
　わたしの言葉にサナルさんはうなずいた。
「まもなくお部屋につきますので、中でお話しましょう」

　サナルさんに案内された部屋は、ナディア王の政務室に比べれば確かに小さいものの、日本に暮らしていたわたし達から見れば、十分に広く、そしてかなり豪華な部屋だった。
　大きなベッドや鏡台、テーブルや椅子など、必要な家具はきちんとそろっている。
　そのどれもが立派なことは、一目見ただけで分かった。
　そして、部屋の窓を開ければ、城下の様子を見ることができる。
　かなりいい部屋である。
　一応乱路とわたしのそれぞれに部屋を与えられはしていたけれど、サナルさんの話の続きを聞くために、とりあえず与えられた部屋の片方へわたし達は入ったのだった。

「……さきほどのお話の続きですが……」

　部屋のほぼ中央にあるテーブルにわたし達が座ると、サナルさんは話をはじめた。

「実は、ナディア様が王位についたのは、わずか半年前です。半年前に前王アルダ様が急逝なさいまして、わずか12歳のナディア様が王位を継承なさったのです。しかし、それを良しとしない方々がおりまして……」
　サナルさんは顔をゆがめた。
「というと？」
「カルナ王家、アルクースト一族は術者の一族です。強力なその力によって、国を守ってきました。……カイナ様も風の力をお持ちでしたよね？」
　サナルさんはわたしにたずねた。
「そう……ですね」
　――確かに。
　カイナは風の力を持っていた。
　その力はかなり強力で、「風の神」と呼ばれていたほどだった。
　……もっとも。
　今のわたしには、その記憶があるのみで、力のほうはないのだけれど。
「しかし、ナディア様は……確かに、術者として最高位といわれている、「風」の力をお持ちです。ただ、今はその力を使うことはできません」
「どうしてですか？」
　乱路がたずねた。
「それは……」
　サナルさんは一瞬言いよどんだ。
　が、意を決したかのように再び話し始めた。
「……今から、5年前のことです。ナディア様はまだお力が安定しておられなかったのですが……そのおかげで、悲しい事故が起きてしまったのです」
「悲しい事故、ですか？」
　わたしはサナルさんにたずねた。
「ご友人と、些細なことでけんかをなさった時、力を暴発させてしまったのです。ご友人のほうは私がとっさにお助けいたしましたので、事なきを得たのですが……ナディア様をお止めしようとした、ナディア様のお母様であられるカミル様が大怪我をなさいまして……それ以来、カミル様はご自分で歩くこともままならず、また、その時の精神的ショックが原因か、ほとんどお言葉を発することもなくなってしまいました。そしてナディア様自身は……そのショックでお力を使うことができなくなってしまったのです」
「………」
　わたしと乱路は何もいえなかった。
　ナディア王は今、自分の母親に対してどんな気持ちを抱いているのだろう……。
「先程も申し上げましたように、アルクースト一族は術者の一族。その力ゆえにこの国を治めてきたのです。しかし、ナディア様はそのお力を使うことができない。しかも、事情が事情です。ここに権力争いをも絡み、ナディア様を王として戴くことに反発する一派が存在しているのが現状です」
　ふう。
　サナルさんはため息をついた。
「でも、結局ナディア王が正式な王なんだろ？なのに、なんで……」
　乱路が釈然としない感じでたずねた。
「……まだ、即位したとはいっても、正式な手続きは済んではいないのですよ。アルダ様がお亡くなりになった直後に戦乱が生じましたから。ある意味、ナディア様は仮の王なのですよ。指導者がいないままでは戦乱を生き抜くことはできませんからね。つまり、些細なことで王座から降ろされてしまう可能性が高いのです」
「そんな……」
「現在ナディア様の対抗馬として、ナディア様の従兄弟君にあたる、御年3歳のフィアラ様が反発派によって立てられています。そのこともまた、ナディア様を苦しめているのですよ」
「え……対抗馬が3歳の……？」
　わたしと乱路は思わずサナルさんを見た。
「ええ。フィアラ様は4年前にお亡くなりになった、アルダ様の弟君の忘れ形見であられます。フィアラ様の母君もフィアラ様を産み落とされた直後にお亡くなりになっておりまして、現在では母君のお父上に当たる、現カルナ国宰相のカディル・サジェクト様が後見人となっております」
「と、いうことは、ナディア王に反発する一派のリーダーが、その宰相なんですか？」
　わたしはサナルさんにたずねた。
「ええ」
　そううなずいて、サナルさんはどこか遠くを見つめた。
　そして続ける。
「結果として……ナディア様は誰にも隙を見せることができなくなりました。しかも、戦乱ということも相まって、お命も狙われている状態。それであのような……」
「………」

　――ナディア王を見ていると。
　嫌でも浮かび上がってくる思いがある。
　記憶のどこかにある、権力争いにまつわる苦い思い。
　これは、『佳奈』の記憶じゃない。
　『カイナ』の記憶。
　『カイナ』が経験した思い……だ。

　『佳奈』は知らない。
　こんな思いは。
　だから、ナディア王が今抱える思いを理解することは難しいハズ、なのに。

　なのに。
　わかってしまう。
　ナディア王が今、どんな思いをしているのか。

　それはそれでいいことなのかもしれない。
　だけど……。

　わたしは複雑な思いで。
　ただただギュッと胸元のペンダントを握り締めていた。

　サナルさんが部屋を出て行った後も、わたし達はしばらく何もいうことができなかった。
　それくらい、わたしにとってもそうであったが、乱路にとっても重たい話であったのだろう。
　乱路の横顔が今までにないくらい重苦しく見えた。

「つらい……話だな」
　ぽつんと。
　乱路がつぶやいた。
「オレ、『エリア』の記憶がないから、いまいちピンときてなかったけど……なんていうか、ものすごく大きなものを、ナディア王が一人で抱えてるのは、なんとなくわかる」
「そう、だね……」
　わたしはうなずいた。
「オレ達、とんでもないところに来ちまったなあ」
　ふう。
　乱路はため息をついた。
　そして再び、わたしのほうを向いた。
　――そして。

「……お前、記憶、戻ってるだろ？」

「え……!?」
　乱路の言葉に驚きを隠せなかった。
　だって、乱路には何もいってなかったのに……。
「お前と何年付き合ってると思ってんだよ。隠してたって分かるよ。なんかここに来る時からずっと、様子がおかしかったもんな」
「………」
　わたしは何もいうことができなかった。
　ただ、答える代わりにうつむくことしかできなかった。
「なあ、佳奈。なんでそのこと、オレに隠してたんだよ？」
「それは……」
　わたしは思わずうつむいて、胸元のペンダントを握り締めた。

　と、そのとき、だった。

「ナディア王が襲われたぞ!!」

　そんな。
　ただならぬ声が、ドアの向こうから響いてきたのであった。

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