Smile!-4

『Smile!』４　＜　小説index　＜　Home

『Smile!』 　　　＜＜３　　　　５＞＞

　４

　騒ぎのあった、ナディア王の政務室に向かうと。
　大勢の人が集まっていた。
　廊下の向こうには、衛兵２人に引きずられるようにして歩く、男の後姿が見える。
　あれが犯人なんだろうか？
　そちらに気をとられながらも、わたし達は人ごみを掻き分け、ナディア王のもとへ向かった。
　何度となく
「大丈夫だ、なんともない」
　というナディア王の声が聞こえるところからすると、ナディア王にケガはなかったようだ。
　ただ……

「……王とはいっても、所詮、力の使えない者なんぞ……」
「……やはり、王は実力があるものでないとな……」
「……今月でもう何件目だ？いいかげんにしてもらいたいものだ……」
「……これくらいのこと、本来なら自分で何とかできて当然なのに……」

　こそこそと。
　陰口が聞こえてくる。

「オイッ！」

　乱路が思わず陰口を叩いていた一人に掴みかかっていた。
　ザワッ。
　周りがこっちに注目している。

「陰でこそこそと……勝手なこと、ほざくんじゃねえよ！」
「なっ……なっ……な……ッ」
　乱路に絡まれた相手は、突然のことに戸惑っている様子。
「ちょっ、ちょっと、乱路……ッ！」
　わたしはあわてて乱路を止めに入ろうとした。
　と、そのとき。

「よさないかッ」

　一言。
　声が響いた。
　50代半ばくらいの、白髪交じりの男の声だった。
　彼はナディア王のすぐそばにいた。
　どこか迫力のある人物。
　――そして。
　その瞳は、獲物を狙う獣のように見えた。

　この人……どこかで会ったことがある……？

　妙な胸騒ぎがする。
　わたしの中のわたしじゃない部分が警告してる。
　これは、どういうことだろう……。

「王の御前であるぞ。あまり騒ぎ立てるな」
　男は乱路たちのほうに向かっていった。
「す、すみません……」
　乱路に掴まれていた男が申し訳なさそうな声を出す。
「………」
　乱路は釈然としない顔をしながらも、男から手を離した。
「……で、君達は……？」
　不審者でも見るかのような目つきでたずねる。
　それもそのはず。
　彼にとってわたし達は初めて見る顔である。
　その上わたし達は、服をまだこちらのものに着替えてなかったのだ。
　服装が妙に周りから浮いていた。
「オっ、オレ達は……」
　乱路が返事に困っていると。

「彼らは私の客ですよ、サジェクト宰相」

　今まで黙って様子を見ていたナディア王が口を開いた。
　この男がサジェクト宰相……？
　わたしと乱路は思わずお互いの顔を見た。
　この男が、ナディア王反発派のリーダー、カディル・サジェクトだったのか……。
　確かに彼の雰囲気は、只者ではない、そんな感じであった。

「………」
　サジェクト宰相が何もいわずにわたし達をじっくりと見る。
　まるで値踏みでもするかのように。
　そんな彼に対して、わたし達は何もいえずにいた。
　やがて、サジェクト宰相は、ふう、とため息をついて。
「……あなたがそういうなら仕方ないですが……時期が時期です。やたらに余所の者を入れていただきたくないものですな」
「………」
　何も答えないナディア王。
　二人の間で、何か目には見えない戦いのようなものが繰り広げられているような気がした。
　にらみ合いのような状態はしばらく続いたが、やがて。
「……まあ、せいぜいお気をつけください。この者たちに襲われない様に」
「な……ッ！」
　乱路が思わずサジェクト宰相に食ってかかろうとして。
　わたしはあわてて乱路を制した。
　そんなわたし達を横目に、サジェクト宰相は政務室から出て行った。

「申し訳ありません。不快な思いをさせてしまいましたね」
　サジェクト宰相を見送って。
　サナルさんがわたし達にそういった。
　先程まで大勢いたギャラリーもサジェクト宰相が引き上げたのを期にわたし達以外はいなくなってしまっていた。
「いっ、いえ……」
　とりあえずわたしは曖昧にうなずいた。
「ケイナとランジも部屋に戻ってください。私はもう大丈夫だ」
　一言。
　ナディア王はわたし達のほうを見ずにいった。
　その横顔は。
　何者も寄せ付けない、そんなふうに見えた。
　『拒絶』
　そんな言葉がまさに当てはまる気がした。

「ねえ、ねえ」

　結局、ナディア王にかける言葉が見つからないまま、わたし達は自分の部屋へ戻ることになってしまった。
　その道すがら、不意に足元のほうで声をかけられた気がして、わたし達は立ち止まって振り返った。
　すると。
　ふわふわの茶色い髪の毛をした、小さな男の子が少し心配そうな顔をしてわたしのほうを見ていた。
　年齢は多分、3歳か4歳くらいであろう。
　着てる服の質がなかなかよさそうに見える。
　この子、もしかして……。
　わたしと乱路は思わず顔を見合わせた。

「おにいさま、だいじょうぶだった……？」
　心配そうな顔をして尋ねる男の子。
　と、そのとき。

「フィアラ様！」

　廊下の向こうから、血相を変えた女の人がやってくるのが見えた。
　そして瞬く間にこちらのほうへやってきた。

　『フィアラ』か。
　やっぱりね。
　わたしと乱路は再び顔を見合わせる。
　彼がナディア王の『対抗馬』としてあげられている人物だったのである。

「あっ……」
　フィアラがしまった、というような顔で追ってきた女性の顔を見た。
「まったく、むやみに出歩いてはなりませんと申し上げたでしょう」
「だって、おにいさまが……」
　フィアラはうつむいてしまった。
「だって、ではありませんよ。フィアラ様。あなたのお立場を考えてください」
　さらに厳しくいう、フィアラのお付の人らしき女性。
　わずか３歳の子に『立場』、か。
　殺伐としているこの状況では、仕方ないのかもしれないけれど……。
「……さいきん、おにいさま、ぼくとおはなし、してくれないし……ぼく……」
　泣きそうな顔をして、一生懸命抗議してる、フィアラ。
　当然だ。
　普通の子供よりは環境が環境だけに、若干大人びてはいるけれど、彼はまだ、３歳の子供なのだ。
「安心して。ナディア王は無事ですよ」
　わたしはなんだかフィアラがかわいそうになってしまって。
　思わずフィアラにそういった。
　すると、フィアラは顔を上げて、うれしそうな顔をした。
「ホント!?よかったあ。ありがとね、おねえちゃん」
　無邪気な笑顔でいう、フィアラ。
　こんな子供が、権力争いに巻き込まれているなんて……。
「どういたしまして」
　にこっ。
　わたしはフィアラに笑顔を向けた。
「さあ、フィアラ様、行きましょう」
　やはりわたし達の服装がかなり怪しいのだろう。
　わたし達のほうをいぶかしる様に見ながら、フィアラのお付の人らしき女性はフィアラを引っ張って、もと来た道へと戻っていった。

「あれがフィアラ……か」
　乱路がつぶやく。
「まだ本当に子供だな。自分の置かれてる立場を考えろなんて……酷な話だよなあ」
「そうだね」
　彼は何故ナディア王が急に自分に冷たくしてくるようになったのか、理解できてはいないのだろう。
　そんなフィアラを目の前に、ナディア王がどれほど苦しんでいるのか……。
　フィアラを見ればわかる。
　権力争いが生じる前は、ナディア王がどれほどフィアラをかわいがっていたのかが。
　ギュッ。
　やりきれなさが胸に広がって。
　わたしは思わず手を強く握りしめていた。
「………」
　そんなわたしを、乱路は何もいわずに見つめていた。

　わたしと乱路が元いた部屋に戻ると。

「な……ッ!?」

　そこにはとある人物が悠然と椅子に座っていた。

「悪いがまだ戻っていなかったようなので、お邪魔させてもらっていたよ」
「サジェクト宰相……！」

　そう。
　その人物は、ついさっきまで政務室で顔を合わせていた、カディル・サジェクトその人だったのである。

「……一体、何の用ですか……？」
　わたしは警戒しながらたずねる。
「そんなに警戒しなくてもいい。なにもとって食おうというわけではないのだから。とりあえず椅子に座ったらどうだ？」
　悠然とした笑みを浮かべていう、サジェクト宰相。
「……まるで自分の部屋みたいに言いやがる」
　ぽそっと乱路はサジェクト宰相に聞こえないようにつぶやいた。
　そしてわたし達は渋々、サジェクト宰相の向かいの椅子に座った。
「……で、用件は？」
　乱路がサジェクト宰相にたずねた。
「………」
　サジェクト宰相は、じっとわたし達をにらみつけるかのように見つめ、やがて口を開いた。
「君たちは、一体何者なんだね？」
　獲物を狙うかのような、鋭い目つき。
　一瞬の隙をも見逃さない、そんなように見える。
　そしてものすごく冷静な口調。
　ものすごい迫力だ。
　油断していると、こちらのほうが飲み込まれそうな、そんな気がした。
「……それは、"宰相"として、聞いているんですか？」
　わたしはサジェクト宰相を何とか見つめ返してたずねる。
　そんなわたしを見て、サジェクト宰相はふっと笑みを漏らした。
「どうやら、この国の内情を知っているようだな」
「………」
　わたしは何もいわずにサジェクト宰相を見つめた。
　隣で乱路は心持ち心配そうな顔をしていた。
「それならば、率直に聞こう。君たちは、"我々"の敵か？それとも味方か……？」
「聞いてどうするんですか？」
　わたしはサジェクト宰相を見つめたままたずねた。
「………」
　サジェクト宰相も何も言わずにわたしを見つめ返す。
　しばらくにらみ合いの状態が続いたが、やがて。
「……まあ、予想通りというわけか。いや、それ以上かな……？」
　ふっ。
　サジェクト宰相は笑みを浮かべてそういうと。
「これ以上聞くこともなさそうだな。この辺で失礼させていただくよ」
　サジェクト宰相は椅子から立ち上がった。

「……最後に一つだけ、いいですか……？」

　わたしは立ち去ろうとするサジェクト宰相に声をかけた。
「なんだね？」
　サジェクト宰相はわたしのほうを向く。

「権力争いに巻き込まれた者の気持ちを考えたことは、ありますか……？」

　わたしの言葉に。
　サジェクト宰相は一瞬、驚いたような表情を浮かべた。
　そして。

「何を言い出すかと思えば……。くだらないな、そんなもの」

「くだら……ない？」
　わたしは思わず聞き返した。
「強い者が生き残る。そのために弱者は使われて当然。弱者の気持ちなど、何故考える必要がある……？」
「―――ッ！」

　そのとき。
　わたしの中で、何かがはじけた。

「……いいかげんに、してよ……」

　ガタッ。
　わたしは立ち上がった。

　ナディア王。
　フィアラ。
　サナルさん。
　彼らの、複雑な顔が、想いがわたしの頭の中をよぎっていく。

　そして。

　わたしの記憶の奥底にある、カイナの記憶。
　カイナの想い。
　悲しそうな、弟・ラウルの顔。

　ギュッと。
　胸元のペンダントを握り締める。

　いろいろな想いがわたしの頭の中を駆け巡ってゆく。
　ものすごいスピードで。

「本当につらいのが誰なのか、わかってるの……？」

　キッ。
　サジェクト宰相をにらみつける。
　部屋がガタガタと揺れだした。

　そして―――

「ふざけないでよッ!!」

　バンッ！

　窓がものすごい勢いで開き。
　風が激しく吹き込んできた。
　部屋中に風が吹き荒れる。

「こっ、これは……っ!!」
「佳奈!?」

　"力"が―――
　"風の力"が暴走してる。
　もう、止められない……。

「人の気持ちが……くだらないって……？」

　コツッ。
　わたしは一歩、サジェクト宰相に近づく。

「くだらなくなんかないッ。何よりも大切なものなのに……そんなこともわからないの!?」

　ナディア王の大人びた瞳。
　誰も寄せ付けようとしない、すべてを拒絶した表情。
　フィアラの、急に変わってしまったナディア王に戸惑った姿。
　その裏側にある、二人の想い。
　本来なら、二人とも無邪気に笑っていられたはずだ。
　二人とも、まだまだ幼い子供なのだ。
　なのに。
　権力を手に入れる、たかがそれだけのために、二人の想いが踏みにじられてる。
　そんなこと……許されるはず、ない。

「佳奈ッ！抑えろッ!!」

　乱路が飛ばされそうになりながら叫ぶ。
　でも、"力"の暴走は治まらない。
　わたしの中の想いは、ますます激しく駆け巡ってゆく。

　権力争いで……カイナが、そしてラウルはどれほど傷付いたことか……。
　あの争いのおかげで、カイナとラウルの間には、深い溝ができてしまった。
　お互いが望んでいたわけでもないのに。
　ナディア王とフィアラに、そんな思いをさせたくない。
　フィアラだって、なによりナディア王だって、そんな思いをしたいとは思っているわけがない。
　それなのに……それなのに……！

「あんた……最低だよッ!!」

　ダンッ！
　サジェクト宰相はドアまで吹き飛ばされた。

「……この力……伝説の王カイナ……!!」
　サジェクト宰相はドアに張り付いたまま叫んだ。
「………」
　わたしは何も答えずにサジェクト宰相を見つめる。
「……く……ッ」
　サジェクト宰相は何も言わずに部屋から出て行った。

　――まだ、気持ちが激しく駆け巡ってる。
　いろんな記憶が。
　いろんな想いが。
　現世も。
　前世も。
　わたしの中を、嵐のように駆け巡って、止まらない――。

「佳奈ッ！」

　乱路が激しい風の中、なんとかわたしのほうへと近づいてきて。
　ギュッ。
　わたしを抱きしめた。

「乱……路……？」
「大丈夫だよ。いつかきっと、みんなで笑える日が来るから……！」
　乱路は抱きしめる力を強くした。
「……乱、路……」

　温かい……。
　すーっと。
　何かが凪いでいくような気がして。
　それと同時に。
　わたしの意識もゆっくりと遠のいていった。

「佳奈ッ！」

　刹那。
　乱路の顔が、エリアの顔と重なって見えた。

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