Smile!-5

『Smile!』５　＜　小説index　＜　Home

『Smile!』 　　　＜＜４　　　　６＞＞

　５

　―――夢を、見た。

　誰かに呼ばれてる声がして。
　振り返る。
　でも、誰もいない。
　あちこち見回すと。
　人影が2つ。
　男と女。

　『佳奈』
　『カイナ』

　2つの声が重なる。
　どちらも、自分を呼ぶ声。
　人影の1つは乱路で。
　もう1つはエリア。
　2人が自分を呼んでいる。

　……でも。

　どちらにこたえればいいのかわからない。
　呆然と。
　ただただ、2人を見比べる。
　ギュッと、胸元のペンダントを握り締めて。

　わからない。
　"自分"が。
　一体何者なんだろう―――

「………であるからして………」

　難しい顔をした老若男女、十数名が円卓を囲んでいる。
　その中には、ナディア王も、そしてサジェクト宰相もいた。

　……わたし、なんでここにいるんだろう……

　ふう。
　ため息をつく。

　――"力"を暴走させた、あの日。
　半日後に目を覚ましたわたしは、たくさんの人に囲まれていた。
　さすがに城内は術者集団の集まり。
　莫大な"風の力"は当然のことながら、城中の術者たちに察知されてしまって。
　わたしが『カイナ』の生まれ変わりであることが、あっというまに城中に知られてしまったのであった。
　それがきっかけで。
　わたしは何かと呼び出されるハメになってしまった。
　……そう、『カイナ』として。

「……で、『カイナ』様はどう思われますか？」
「え……？」

　突然の呼びかけ。
　城中の誰もがわたしのことを『カイナ』と呼ぶ。
　そう呼ばれて、笑顔でこたえる自分がいた。

「そうですね……そこで戦力を集中させるのはまずいと思います。ですから……」

　すらすらと答える。
　こんなこと、『佳奈』にわかるはずもないことなのに。
　どうしてわたしにはわかるの……？
　わたしは、一体、何者なんだろう……。

「さすがは『カイナ』様ですね。いや、すばらしい」
　質問をしてきた男が感心したようにいう。
「いや……」
　わたしはなんといえばいいかわからず、あいまいに返事をした。
「それに比べて……いや、失礼」
　男はちらっとナディア王のほうを見ながら白々しくいった。
「………」
　ナディア王は硬い表情のまま、何もいわない。
　その表情から感情を読み取ることはできなかった。
「まったく、サナルといい……困ったものですな」
　さっきの男の隣にいた男も同意したようにいう。
「………」
　やはりナディア王は何もいわなかった。

　今この場には、本来ならいるはずの、サナルさんの姿はない。
　それというのも、わたし達がアースナに来た日にナディア王が襲われたあの事件の主謀者がサナルさんではないか、と疑われてしまったためであった。
　そんなはずがない、そう思ったんだけど。
　捕まった男が、「依頼者の声がサナルと同じ声」といったこと、「依頼者の背格好がサナルと同じ」といったため、否応なくサナルさんが取調べを受けることになってしまったのだった。
　しかも。
　捕まった男が暗殺のために渡されたという小刀に塗られていた毒は、マイセン産のものであった。
　マイセンとは、カルナに今一番敵対している国である。
　そのため、マイセンとの交易は現在、断絶している。
　つまり、マイセンから毒を手に入れることは不可能に近いのである。
　――しかし。
　サナルさんにはそれが可能だという。
　彼の婚約者がマイセンの人なのだそうだ。
　サナルさんが婚約者にそそのかされて暗殺を企てた可能性もある。
　そんな憶測が飛び交って。
　結局サナルさんは、現在拘留中の身となってしまったのである。

　つまり。
　ナディア王は今、味方がほとんどいない状況になってしまったのであった。

「……以上だ。今日のところはここまでにしよう」

　気がつくと、そんなナディア王の声が聞こえてきた。
　どうやら会議が終わったらしい。
　ふう。
　わたしはため息をついて椅子から立ち上がると、会議室の扉のほうへと向かった。

「お疲れ様」

　会議室のすぐ前の廊下に乱路が立っていた。
　なんとなく乱路の顔を見るとほっとした気分になって。
　わたしは思わずため息交じりの苦笑を浮かべた。
　そんなわたしの様子を見て、乱路は心配そうな顔になった。
「佳奈、大丈夫か？」
「う……ん……」
　わたしはあいまいに返事をした。
「わたしよりも……ナディア王のほうが心配だよ……」
　わたしは今出た会議室のほうを見た。
　かすかにナディア王が誰かと話している声が聞こえてきていた。
「……まあ、確かにそうかもしれないけどな……」
　乱路も会議室の開け放たれているドアを見た。

　会議中。
　始終張り詰めた顔を崩さなかった、ナディア王。
　一番信頼していたはずのサナルさんまで疑わなければならなくなって……きっとつらいはず。
　たぶん、今のわたしなんかよりも、ずっと……。

「……でも、オレは……」
　と、乱路が何か言いかけたとき。

「あ、ナディア王だ」

　ナディア王が会議室から出てきた。
　ナディア王はわたしたちに気がついて、こちらのほうを見る。
「ケイナとランジか。……いや、『カイナ』様と『エリア』様、かな」
　ナディア王は苦笑していった。
「それは……」
　わたしと乱路はナディア王のその表情に、思わず何も答えることができなかった。
「そうそう。さっき、会議後に出た話なのですが、2人に次の遠征先のベレスへ行ってもらいたい。いいですか？」
「え？オレ達が？」
「そう。伝説の王が来てるとなれば、兵たちの士気も上がるのではないか、といわれまして」
「まあ、そういうことなら……」
　わたし達はうなずいた。
「感謝します。それじゃ、私は仕事がまだあるので、失礼させてもらいます」
　そういってナディア王は1人、廊下を歩き出した。
「なあ、ナディア王！」
　立ち去ろうとするナディア王を乱路が引き止めた。
「なんですか？」
　ナディア王は振り返った。
「……大丈夫か？」
「………」
　乱路の言葉に、ナディア王は一瞬、言葉に詰まってしまった。
　しかし。
「サナルがいなくたって何とかなります。ご心配には及びませんよ」
　ナディア王は複雑そうな笑みを浮かべた。
「………」
「それじゃ、失礼しますよ」
　ナディア王は再び歩き始めた。

「……ったく。どいつもこいつも……」
　乱路はつぶやくようにいう。
　――と、そのとき。

「……ん？」

　わたしは人の気配を感じて、振り返った。
　すると。
　女性らしき人の、足早に去っていく姿が見えた。

「どうした？」
「んー、なんだか誰かがいたみたいなんだけど……」
　わたしはその人が去っていったほうを見る。
「なんだったのかなあ？」
　わたしが首をかしげていると。

「どうかしましたか？」
　後ろから声をかけられた。
「あっ、ノウ」
　振り返ると、そこにはノウがいた。

　彼は城に所属の術者なのだそうだ。
　これでも優秀な術者だそうで、城の護衛として所属している。
　こんな小さな子が護衛だなんて、と思うかもしれないけど、実はウィンディア族は長寿の一族。
　人間の5倍の寿命を持っているのだ。
　そんなウィンディア族であるノウの年齢は35歳。
　つまり、護衛としてのキャリアは十分持っているといえる。
　ただ、今はわたし達のお世話係兼連絡係としての役目も持っていた。

「いや、なんだか佳奈が誰かいた、っていうからさ」
　乱路がそういうと。
「顔をご覧になりましたか？」
「ううん。後姿だけ。女の人っぽかったけど。足早にあっちの方に行っちゃったから、よくわからなかったの」
「そうですか……」
　そういってノウは何か考えるかのような表情になった。
「何か心当たりでもあるの？」
　わたしはノウにたずねた。
「……実は、私も1度だけ見かけたことがあるのですが、あの後姿……カミル様ではないかと……」
「『カミル様』って誰だ？」
　乱路がたずねる。
「ナディア王のお母上です」
「はっ!?」
「えっ!?」
　わたしと乱路は同時にノウに聞き返した。
　ちょっと待って。
　確かナディア王のお母様って、ナディア王の力の暴走が原因で、話すことはおろか、歩くことさえままならないんじゃなかったっけ!?
「確かに、カミル様は現在、歩くことも話すこともできないといわれていますが……身体的な理由でできないわけではありません。ですから、可能性としてありえなくはないと思います」
「………」

　――確かに、ありえない話じゃないかもしれない……。
　もしかしたら。
　ナディア王のことが気になっているのかもしれない。
　それで……。

「……なあ、佳奈。ナディア王のオフクロさんのとこに行ってみないか？」
　乱路が腕組みをしたままいった。
「え……っ!?」
　わたしは思わず聞き返す。
「今のナディア王の態度の原因の一つなんだろ？もし、本当に話すことができるなら、ケリつけてもらわないと、いつまで経ってもナディア王はあのまんまだ。それに、ナディア王のことが片付かないと……」
　乱路はちらっとわたしのほうを見た。
「えっ、何？」
「……いや、なんでもない」
　乱路は首を横に振った。
「ともかく。行ってみる価値はあると思うんだが、どうだ？」
　乱路がそういうと。
「そうですね。お二人が行かれたら、何かが変わるかもしれませんね」
　ノウがうなずく。
「わかった。行ってみようか」
　わたしもうなずいた。
「それじゃ、行くか」
「うん」
　わたし達は歩き出した。

「………」

　――この部屋に入って、もう10分くらいは過ぎただろうか。
　目の前にいるのは、ベッドに入って、上半身だけ起こした状態で、どこか遠くを見つめる女性――カミル王太后、つまり、ナディア王のお母様である。
　わたしと乱路は今のナディア王の様子を何度となく彼女に向かって話しかけたが、反応は一向に返ってはこなかった。
　ただただ、どこか遠くを見つめているだけであった。

「……だめか……」
　ふう。
　わたしはため息をついて、思わずつぶやいた。
「………」
　相変わらず、何の反応もない。
　わたしたちの話を聞いているのかさえわからないような様子であった。
「やっぱり、心の病気はそう簡単にいかないものなのかなあ」

　カミル王太后のこの状態は、ヒステリーと呼ばれる状態なのだそうだ。
　精神的ショックが原因で心身になんらかの異常をきたしてしまう病気である。
　カミル王太后付きの侍女いわく、何らかの心理的なきっかけがあれば治る可能性があるそうなのだが、今のところはどんな試みをしても効果がなかったそうだ。

「……帰ろうか？乱路」
　わたしは乱路のほうを振り返った。
「………」
　乱路は無言のまま、カミル王太后を見つめていた。
　――そして。

「……あんたのせいで！あんたのせいで、ナディア王は立ち止まったままだッ。5年前からずっと……っ！」

「ちょっ……ちょっと、乱路……！」
　わたしはあわてて乱路を制しようとした。
　病気が病気だ。
　あまり強いショックを与えてしまったら、逆効果になる恐れがある。
　カミル王太后付きの侍女もあわてた顔をしている。
　しかし。
　乱路はわたしの制止を無視して続けた。

「あんた、親として恥ずかしくないのかよ!?いつまでもそうやって息子を縛るなよ。あんたが5年前にどれだけ傷ついたのかは知らないけれど、ナディア王だって傷ついてるんだぞ!?その証拠に、いまだに"力"が使えないっ！あんた、親としてサイテーだよッ!!」

　荒い口調で乱路は一気にまくし立てた。
　しかし。

「………」

　やはり。
　カミル王太后には何の反応も見られなかった。

「……ちっ……」
「帰ろう。乱路」
　まだ息が荒い乱路をわたしはうながす。
「………」
　乱路は無言のまま、わたしに従った。
「お邪魔しました」
　そういってわたしは、乱路と一緒に部屋を出ようとドアのほうへ向かって歩き出した。

　――と、そのとき、だった。

「カ……っ、カミル様!?」

　侍女の叫び声が聞こえて。
　わたし達があわてて振り返ると。

「………っ」

　カミル王太后が、涙を流していたのであった。

「……そんなこと……そんなこと……わかってます……っ」
「―――！」

　涙に濡れた顔をこちらに向けて、カミル王太后は話し始めた。

「頭では、あの子を受け入れなければ、そう思っても、心がついていかない……あの時の恐怖を思い出すんです……そして……こんなふうにあの子を拒絶する自分……なんて、なんて情けない母親なのかと、母親失格であると……そんなこと、わかって……わかって……っ！」

　カミル王太后は嗚咽で声を詰まらして。
　顔を覆った。
　そして、少し自身を落ち着けて、再び話し始めた。

「だから……何もしゃべらず、動かなければ。あの子を傷つけることもない……だから、ずっと、そうしてきたんです。でも……いつも苦しそうなあの子の顔しか見れない……私がしていることが間違ってるからなのかもしれない……アルダ王も亡くなってしまって、支えは私しかいないのに……私は何もできない……母親失格で……ただただ、見守ることしかできなくて……時々、夢遊病のように動き出しては、あの子のことを……っ」

　泣き崩れるカミル王太后。
　そんな彼女に、わたし達はかける言葉が見つからなかった。

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