Smile!-6

『Smile!』６　＜　小説index　＜　Home

『Smile!』 　　　＜＜５　　　　７＞＞

　６

　『カミル王太后が回復した』

　そのニュースは瞬く間に城中に伝えられた。
　それから彼女の元に訪れる人はひっきりなしになって。
　ナディア王自身が忙しいこともあって、ナディア王とカミル王太后が直接対面して話す機会はなかなか訪れなかった。
　そんな中、何とかかろうじで2人は対面を果たしたけれど、やはりどことなくぎこちない状態であることは否めなかった。
　2人の間には、5年間の溝があって。
　それはそう簡単には埋められるものではないのかもしれない。
　2人のぎこちない笑顔が印象的だった。

「……なんとも、不思議な感じだったな……」

　カミル王太后と話終わって。
　ナディア王は開口一番にそう、誰に言うでもなくいった。
　ここは、カルナ国城の中庭。
　昼の日差しを受けて、まぶしい庭園であった。

「不思議な感じ……？」
　わたしはナディア王に聞き返した。
「ええ……母上は、あんな声だったのだろうか、あんな姿だったのだろうか……あんな人だったのだろうか……そんな感じ、だろうか」
　ふう。
　ナディア王はため息をついた。
「母上とは、もう何年もまともに顔を合わせていなかったから、そう思ってしまうのだろうな。母上とどう話していいのかさえわからなかった」
　そういってナディア王は苦笑した。
「会わないほうがよかったか？」
　乱路がそうたずねると、ナディア王は遠くのほうを見つめた。
「……わからない、というのが正直なところだな。母上がこの5年間に、どれだけ苦しんでいたのかは、あなた達から聞いていたし、母上が私に向けた表情を見ればわかる気はする。まさか……あんな、涙ながらに謝られるとは、正直思ってなかったから、驚いたしな」
　……泣いていたカミル王太后とそれを見つめるナディア王の顔を思い出す。
　確かに、ナディア王は戸惑った顔をしていた。
　二人の間にできた溝が垣間見えた瞬間だった。
「なにはともあれ、母上がお元気になられたのはよいことだ。おかげで城が多少なりとも活気付いたしな」
　そういって笑みを浮かべたナディア王の横顔は、なんだか複雑なものであった。

　それから1週間後のこと。

　―――……

　目の前に広がる光景に。
　わたしと乱路は何もいえず、思わず立ちすくんだ。

　ここは、ベレスの連合軍基地。
　現在の戦争の最前線である。
　こないだナディア王にいわれ、わたし達はベレスへ今日、やってきたのであった。
　案内役として、ノウも同行していた。

　到着したときはちょうど、兵が戦地から引き上げてきたときだった。
　傷ついた兵士達がこの基地に続々と引き上げてくる。
　基地は、怪我人の手当てのために、まさしく"戦場"と化していた。
　カルナの城の会議室くらいはあろうかという広間は、多くの人で溢れ返っていた。
　ベッドの数は足りず。
　床の、申し訳ない程度に敷かれた布の上に横たわった怪我人が、所狭しといる。
　場所が足りず、廊下にまで怪我人がいる状態である。
　手当てを行う人たちは、10人はいるだろうか。
　それでも人手が足りない様子で、あわただしく動き回っていた。

　この様子を見れば。
　どれほど激しい戦争なのかがよくわかる。
　こんなすさまじい様子を見て。
　わたし達は何の言葉も出てはこなかった。

「わざわざのお越し、感謝します」

　振り返ると。
　一足先にベレスへ来ていたナディア王の姿があった。
　今日もやはり、1人。
　サナルさんは今もまだ、カルナの城で容疑者のままだ。

「ノウ、ここまでご苦労」
　ナディア王がノウにいう。
「いえ」
　ノウは軽く頭を下げた。
　ナディア王もノウに軽くこたえてから、わたし達のほうに話しかけてきた。
「ひどいものでしょう？戦況は日に日に厳しくなる一方だ。マイセン方……同盟軍の勢力は着々と拡大しつつある。我々連合軍の勢力に肩を並べるのも時間の問題でしょう。……こうなると、脆いものですね、『平和条約』というのも」
　ナディア王は苦笑した。
　『平和条約』とは、400年前にカイナが制定した条約のことである。
　無意味な戦争を避けるために、わたし達の世界でいうところの国連のような組織を作ったのだ。
　でも。
　400年経った今、マイセンによりこの条約は徐々に力を失ってきたことは間違いなかった。
　いくつかの国が条約を破棄し、マイセンについてしまっているのが現状なのである。
「……でも」
　乱路がナディア王を真っ直ぐに見つめていう。
「ダメになったら、また、つくりゃいいんだ。あきらめるにはまだ早いだろう……？」
　乱路がそういうと。
　ふっとナディア王は笑みを浮かべて。
「それができるといいんですけどね……」
　そこには、ナディア王の複雑な思いが見て取れた。
「ナディア王……」
　わたしが何か声をかけようと思っていると。

「ナディア王！よろしいでしょうか！」
　向こうのほうからナディア王を呼ぶ声が聞こえてきた。

「それでは、また後ほど」
　ナディア王はそういって、呼ばれたほうへと向かっていった。

「それでは、行きましょうか」
　ノウがわたし達をうながす。
「うん……」
　わたし達も歩き出した。

　ベレスに到着して。
　わたし達はわたし達に対する戦況報告もかねた会議に出席した。
　戦況はさっきナディア王がいっていたように、芳しくないものであった。
　勢いは、同盟国側にある、そんな感じであったのだった。
　そんな中、ナディア王は始終固い表情のままであった。

　――会議が終わって。
　わたしは乱路に誘われて医療室へと向かうことにした。
　ここに着いたときに見た光景が、どうしても乱路の頭から離れなかったらしい。
　いくら『伝説の王の生まれ変わり』とはいえ、今のわたし達は、戦力にはならない、ただのお飾り。
　だからせめて、怪我人の手当ての手伝いができれば、そういって乱路はわたしを誘ったのであった。

　医療室は、相変わらずであった。
　あれから数時間たっているので、さすがにあのときほど殺伐とした雰囲気はないけれど、それでも手当ての人が忙しく動き回っている。
　突然わたし達がやってきて、医療室長は驚いて、恐縮したようだったが、乱路の熱心な態度と、人手不足という現実から、わたし達が手伝うことを許可してくれた。

「もしかして……あなたが『カイナ』様ですか……？」
　わたしと乱路が手当てをしていると、わたしにそう声をかけてきた怪我人がいた。
　彼の視線は、わたしが首から提げていた、ペンダントにいっていた。
　どうやら彼はアスナイトのこのペンダントについての話を多少知っているらしい。
「ええ……まあ……」
　わたしは曖昧にうなずいた。
「『カイナ』様……ひとつ、お聞きしてもよろしいですか？」
　その人は神妙な面持ちでいう。
「なんでしょう？」
「アースナに平和は訪れるのでしょうか……長い戦乱を終わらすことが可能でしょうか？『カイナ』様のお力で」
　彼はまっすぐにわたしを見つめていた。
　その瞳は、『カイナ』としてのわたしに期待した瞳であった。
　『カイナ』としての力の覚醒をして以来、多くの人々がわたしに対して向けてきたものだ。
　――『カイナ』の力で……か。
　わたしは胸元のペンダントを握り締めた。
　思わずため息をつきたくなったが、それを我慢して、わたしは彼に笑顔を向けた。
「大丈夫ですよ。戦乱は終わります、絶対に」
　わたしがそう答えると、彼はほっとしたような表情を浮かべて。
「そうですか。ありがとうございます」
　わたしに深々と頭を下げた。

　こんなやりとりが、ここにいる間に何回となく行われた。
　『カイナ』としてのわたしに話しかける人々。
　こんなやりとりは、確かにカルナの城にいたときからも何回かあったが、ここは戦場というせいもあってか、城にいるときよりもはるかに多く声をかけられた。
　ちょっとした発言が、ここの人達の士気に関わってくる。
　わたしは士気を損ねないよう、精一杯、『カイナ』としてこたえていた。
　そんなわたしの様子を。
　乱路は口に出すことはなかったが、心配そうな瞳で見つめていた。

「わざわざご苦労です」

　少し医療室がざわついた気がして、すぐ。
　わたしと乱路にそんな声が聞こえてきた。
　声の主はナディア王だった。

「今のオレ達にできることって、そう多くはないからな」
　ちょうど手当てが一段落したところだったので、わたし達は手を休めてナディア王と一緒に邪魔にならないように医療室の隅のほうへと移動した。
「あなた達がいるだけで、兵の士気が上がる。それはすごいことだと思うが」
「でもそれって、オレ達にはイマイチ実感が湧かないんだよなあ。なあ？」
　乱路はわたしに同意を求めてきた。
「うん……そうだね」
　わたしは苦笑してうなずいた。
「しかし……おそらく、今のあなた達は私よりも役に立ってると思いますよ」
　ナディア王はそういって、自嘲的に笑った。
「そんな……」
　わたしがそういって、何かナディア王に言葉をかけようとした、そのとき。

「ナディア王はおられますかッ」

　そんな緊迫した声が聞こえてきた。

「ここにいる。なんだ」
　すっとナディア王の表情が変わった。
　いつもの無表情に近い、固い顔だ。
「ナディア王、ここにおられましたか」
　ナディア王を呼んでいた男がこちらに気づいてやってきた。
「先程、早駆けの者がやってきまして、『カミル王太后のご一行がこちらに向かっている最中に賊に襲われた』と……！」
「何……？」
　ナディア王の表情が険しくなった。
「何故母上がこちらに向かってきているのだ？そんなはず……」
　そうだ。
　そんなこと、わたし達も聞いてはいない。
　そう怪訝な顔でいると、疲れ果てたような顔の男が医療室に入ってきた。
　ナディア王がその男に気づいてはっとする。
「早駆けとは、あの男のことか？」
「はい」
　男はうなずいた。
「そうか……確かに彼は城の者。ということは、母上がこちらに向かっているのは本当ということか。しかし何故……」
　ナディア王は腕を組んだ。
　そんなナディア王に対して。
「おい、そんなことよりっ」
　乱路がいう。
「自分の母親が危ないんだろ!?助けに行こうぜ！」
「え……っ!?」
　ナディア王が驚いた顔をする。
「しかし……私自らがここを動くのは……」
　普通に考えればそうだ。
　仮にもここの最高責任者なのだ。
　しかし、乱路は続けた。
「別に今ここをナディア王が空けたって、そう何かがあるわけじゃないだろ!?そんなことより、自分の親だぞ!?自分で助けに行かないでどうするんだよッ！」
「それは……しかし……」
　ナディア王は戸惑った顔をする。
「仮に私が行くとしても……今の私には"力"が……」
「だからって、剣はそれなりに使えるんだろ!?ならそれで十分だ。ごちゃごちゃいってないで、行くぞっ！」
　グイッ。
　乱路はそういって、ナディア王を引っ張って足早に歩き出してしまった。
「まっ、待ってよ、乱路！」
「佳奈も早く来いっ！」
「もーっ！」
　ふう。
　言い出したら引かないのが乱路だ。
　わたしのほうは何とか"力"が使えるし。
　仕方ない、行くか。
　わたしは急いで乱路を追いかけた。

　結局。
　乱路とナディア王、そしてわたしとノウの4人でカミル王太后の一行を助けに向かうことになった。
　今はちょうど兵が戦いから引き上げてきたばかりで、戦力になりそうな人がいないというのも事実だった。
　一応乱路も、アースナに来てから剣の訓練を受けていて、もともと剣道をやっていたこともあって、それなりの実力をつけていた。
　そう考えると、このメンツというのは、現状での最大限の努力であるのかもしれない。
　わたしとノウの2人の"力"を使って、空を移動してカミル王太后たちを捜していた。

「あッ、あそこ!!」

　わたしは森の隙間から争ってる人影を見つけた。
　馬車を囲むように何人かが争っているのが見えた。

　と、そのとき。

「はっ、母上ッ！」

　馬車から心配そうに顔を出していたカミル王太后に向かって、賊の一人が襲いかかろうとしていたのである。

「あッ！ナディア王……!!」

　わたし達が賊のほうに気をとられていたうちに、ナディア王が飛行の術を自分の分だけ解いてカミル王太后のほうへ飛び降りていた。
　そして。

「風よ、我に従いて舞えッ！」

　ビュッ！

「うオッ!?」
　ナディア王の呪文の詠唱で、賊が風に吹き飛ばされた。

「おっ、おい、佳奈……」
「うん……」
「ナディア王……」

　ぼう然と口を開くわたし達。
　ナディア王に思わず驚いてしまったのだ。
　だって。
　ナディア王は今まで"風の力"が使えなかったのだ。
　でも。
　今、賊に向かっているナディア王は自在に"風の力"を操っていた。

「ケイナ様、ランジ様っ、私達も参りましょうッ」
　ノウがいまだにほうけていたわたし達をうながす。
「うんっ！」
「ああッ」
　わたし達はあわててうなずいて、眼下の森へと降りていった。

　――ナディア王の活躍のおかげで。
　事態が収拾したのは、それからまもなくであったのは、いうまでもない。

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